第168話

 千疋以来の新しい勇者二人と遭遇した沖長だったが、千疋のお蔭もあって窮地にも似たところを何とか乗り越えることができた。

 加えてその一人である戸隠火鈴と縁を結べたことも大きいだろう。彼女の所属している組織である【異界対策局】に対しては良い印象は持っていないが、彼女自身は沖長たちを守ろうと動いてくれたこともあって好感を抱くことができた。


 ある程度話をし終えたところで、これから用事があるという火鈴とは別れ、沖長、水月、千疋の三人で水月の自宅まで向かうことになったのである。

 千疋に興味を持った様子の水月は、千疋に質問攻めをしていたが、千疋も嫌な顔をすることなく丁寧に対応していた。さすが膨大な人生経験が内在しているだけある。


 そうして水月を自宅に送り届けた後は、千疋とともに彼女が身を寄せる壬生島家へと向かうことになった。

 そこでいつものように自宅で読書に勤しんでいたこのえに、これまで得た情報を共有しておくつもりで話をしたのである。


「――随分と慌ただしい暮らしを……しているのね……札月くん」

「俺は平和で平穏で平静な暮らしを求めてるんだけどな」


 しかし原作がそれを許してくれないらしい。


(いや、分かるんだよ。なら原作に関わらず生きてけばいいじゃんって思うだろうけど、意図しないでもう関わっちゃったからしょうがねえんだよなぁ)


 しかもそれが原作主人公だったのは運の尽きと言えるのかもしれない。知らずに出会い親しくなった人物が、死亡フラグも連立するようなファンタジー世界の主人公なんて誰が想像できるだろうか。


 だが一度関わり、失いたくないほどの存在へとなった相手を見捨てるなんて沖長にはできない。ならば原作に起こり得る悲劇を少しでも減らそうと努めるしかないと今は思っている。


「それにしても……まさかもう……ヨルと会ったなんて」

「「ヨル?」」


 このえの言葉を聞いた沖長と千疋が同時に聞き返した。

 しかしその反応で困惑したのはこのえで、その視線は千疋へと向けられていた。


(コイツ、千疋が原作を知らないってこと、また忘れてたな)


 ちょくちょくこうした天然が顔を覗かせては、沖長が何とかフォローをするというパターンを引き起こしている。今回はやはり仕方が無いと沖長が口を開く。


「あー……例の調査能力で防衛大臣陣営の情報も得てるんじゃないか? そこであの少女がヨルって呼ばれてるってことも知ったんだろ?」

「! ……さすがね」


 何がさすがだよとツッコミたい。明らかにホッとしている様子のこのえを見て苦笑が浮かんでしまう。


「ふむ、そういうことじゃったか。情報収集に余念がないとは、やるおるのうこのえよ」

「そ、そうでしょう? やればできる子なのよわたしは……」


 どことなく誇らしげだが、フォローしたこっちの身にもなってほしい。


「それで? そのヨルって名前の子はどんな子なんだ?」

「……一言でいえば……千や戸隠火鈴と同じよ」

「! それはつまりワシらと同じ施設で育った人物ということかえ? しかしあれほどの実力者ならばワシも知っておるはずじゃ」


 千疋が認める力を持っているならば、それほど大きくない施設内なのだから自分の耳に入っているはずだと言う。その証拠に火鈴のことはすぐに知ることができたとのこと。


「千が……知らないのも無理は……ないわね」

「むむ? それはどういうことじゃ?」

「だってヨルは…………別の施設で育った子……なのだから」

「何じゃと!? 別の施設とはどういうことじゃ? あの施設はこの日本でも一つしか存在せんはず!」


 千疋が言うには、ある自衛隊駐屯地に設置されている施設らしい。ただ非公式の上、総理大臣すら認可していないらしく、あまり手広くして余計な波風を立てたくないということから、一ヶ所のみに存在するとのことだ。


「千の言っていることは……間違いではないわ」

「ならばどういう……」

「ヨルは……海外にある施設で……育ったからよ」

「「!?」」


 それには千疋だけでなく沖長もまた絶句した。


(おいおい、あの防衛大臣、日本だけなくて海外にまで手を伸ばしてんのかよ)


 外国にそういう施設があること自体は否定しないし驚きもない。前世でも、世界中で非人道的な実験施設があったことは知られているし、事実かどうかは定かではないが国家が先導して行っていたという話も耳にしたことがある。


 だから世界のどこかでは、そういった表沙汰にできない研究などを行っている施設はあるだろうと漠然と認知はしていたが……。

 まさかそんな施設を蔦絵の父親が手掛けていることもそうだが、外国まで巻き込んでいるとは想定していなかったのだ。


「よもやあの男めぇ……そこまで堕ちておったとはのう」


 千疋にとって七宮恭介は知る存在だろう。恐らくは過去の千疋の記憶からも、彼の情報は得ているはずだ。それを鑑みて、非常に憎々し気に表情を歪めている。

 千疋曰く、十三年前のダンジョンブレイク時では、修一郎たちと同じく活躍した英雄の一人だという。その実績は千疋でさえ尊敬に値するほどのものらしい。何せ世界を救った人物の一人なのだから。


 だからこそそんな人物がかようなほど堕落していることが許せないのだろう。


「……なあ、壬生島。そのヨル……だっけか? ナクルを探していた理由って、やっぱり自陣への勧誘か?」

「……恐らく。けれど……そんな穏やかで済めば……いいのだけれど」

「……! まさかナクルが断ったら拉致しようってことじゃないよな?」


 その問いにこのえは口を噤んで答えない。その様子からして答えているようなものだ。

 何せ相手は目的のためなら手段を選びそうにない人物がトップに立つ組織。必要に迫られれば拉致だって平気でするかもしれない。


 そう思い至って、すぐにナクルへと電話を掛けた沖長。

 少し長めのコール音。まさかもうすでに……と絶望しかけたが、


『――はーい。オキくんッスか?』


 いつもの愛しき妹分の声音が鼓膜を震わせ安堵した。




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