第167話

(あるみ……? それって……)


 あるみという名前を聞いて以前会ったことがある人物を思い出した。


「もしかして大淀さんのこと?」

「おう、やっぱ知ってるっつうことはそういうことかよ」


 どうやら大淀あるみで合っていたらしいが、火鈴がその名を口にしたということはもしかして……。


「君……戸隠さんって」

「あー火鈴って呼べ。苗字はあんま好きじゃねえんだ。別に舎弟でもねえし、さん付けもいらねえぜ。見たところタメっぽいしな」


 正直会ったばかりの女子の名前を呼び捨てにするには抵抗あるが……。


「じゃ、じゃあ火鈴……で」

「ん。そんで? 何だよ?」

「えっと、もしかしてだけど【異界対策局】に所属してるとか?」

「まあな。成り行きでな」


 やはり思った通り、彼女は【異界対策局】に属している勇者の一人らしい。


(彼女についてはまったく知らないけど、羽竹や壬生島なら何かしらの情報を持ってるだろうな。あとで聞いておこう)


 今分かっていることは、彼女の好戦的で男らしい性格と、その強さは現状のナクルよりも上だということ。もし対決することになったら、今のナクルでは勝ち目がないだろ’。


 何せ相手は地球上でもクロスを顕現できるのだから、格上には違いない。それにそんな彼女でも平然と対応していたあの謎の少女のことも羽竹たちから聞いておかないといけない。


「しかしよもやお主が【異界対策局】とやらに身を置いておるとはのう」

「しょうがねえだろうが。こちとら天涯孤独の身だぜ? 外の世界じゃ食い扶持を稼がねえといけねえし、あるみの勧誘はちょうど良かったんだよ」

「む? そういえばお主がここにいるということは、施設から脱走してきたということかえ?」

「当然。あそこにはもう興味はなくなったしな。くっだらねえ大人連中の指示に従うのもいい加減うんざりしてたしよぉ。毎度毎度実験実験。あいつらはアタシらを実験動物か何かとしか思っちゃいねえしな」


 その時のことを思い出したのか、明らかな憤りを見せている。


「なるほどのう。まあお主ならばいずれそうするとは思うておったが……」

「ま、アタシが脱走したのは三年前くらいだし、今はどうなってんのかサッパリだけどな」

「奴らの手はお主には伸びとらんのかえ? ワシの時は執拗に連れ戻そうとしておったが。まあ全部返り討ちにしてやったがのう!」


 誇らしげに胸を張り高笑いする千疋。余程その施設での暮らしに不満を抱えていることが分かった。


「当然アタシんとこも来たっつうの。ったく、鬱陶しい連中だったわ」

「その口ぶりじゃと、お主もしっかり返り討ちしたってわけじゃな?」

「まあな。つっても危ないところでもあったけどな。そん時にあるみと会って世話になることになったわけだ……って、何でアタシは素直にこんな話してんだ?」


 根が正直なようで、スラスラと疑問に答えてはいるが、どこか苛立っているような表情を浮かべている。


「そんで? アンタも確かあるみに勧誘されたんだろ? しかも局長直々に顔を見せに行ったらしいじゃねえか」

「そうだね。けど……」

「断った、だろ? 聞いたぜ。まあ素性の知れねえ組織にいきなり勧誘されて、はいついて行きますってのはバカのするこったしな」

「そうしたバカはお主だけであろうな?」

「まあな! って、うるせえよ! こっちは事情があったっつってんだろが!」


 相性が悪いのか良いのか、漫才のような掛け合いになっていて傍目からは見ていて面白いコンビである。


「ところでお主、さっきの輩については知り合いかえ?」


 話題は例の白銀髪の少女。


「アタシも詳しくは知らねえよ。ただ防衛大臣の子飼いの勇者ってことだけだ」

「防衛大臣の? ふむ……主様よ、あやつとはどんな話を?」

「それがナクルを探してたみたいでさ」

「何と、それは真かえ? 理由は?」

「それを聞こうとした時に……」


 チラリと火鈴を見たが、それで千疋は察してくれたようだ。


「なるほど。先走ったこやつのせいで情報を得られなかったというわけじゃな」

「うぐっ……しょ、しょうがねえだろ! あの防衛大臣の子飼いだぜ! ぜってーにあくどいことしようとしてるって思うだろ普通!」


 どうやら火鈴の認識では、七宮恭介は悪人ということになっているらしい。だからこそ気になった。


「ちょっと待ってくれ。何でそこまで防衛大臣のことを悪し様に言うんだ?」


 確かにナクルを寄こせと言ってくる当たり強引な人物ではあるが、それでも蔦絵の父親だ。心の底から悪人だというのは信じられない。


「あん? んなもん決まってんだろうが! アイツのせいでアタシたちが施設でどんな酷い暮らしをしてきたことか! あー今思い出しても腹が立つぅ……」

「施設? 施設ってさっき話してた勇者を育成する?」

「そーだよ。あれ? 言ってなかったか? その施設のトップが今の防衛大臣なんだよ」


 これはまた驚愕の真実が飛び込んできた。

 確かめるために千疋に視線を向けると、彼女も深々と頷きを見せる。


(勇者やその候補生足る資質を持つ者を集めて動物実験のようなことをする施設。それを蔦絵さんの親父さんが……このことを蔦絵さんは知ってるのか?)


 実験の内容を聞けば、確かに人道に則ったものばかりではなかった。徹底的なスケジュール管理のもと、知能訓練や運動訓練だけでなく、それに付随して薬物投与なんかもあるらしい。


 しかも評価基準でボーダーラインに達していない者は、容赦なく切り捨てられるとのこと。火鈴の話では殺されるか、記憶を操作されて孤独に野に放たれるからしい。それは間違いなく今の時代にそぐわない……いや、どんな時代でも決して人間に対して行っていいようなことではなかった。


 そんな非人道的な施設のトップが、国家を防衛する長として立つ人物だというのだから言葉を失ってしまう。同時にこの情報を蔦絵が知らないのであれば、もし知ったらどうなるか考えたくもない。



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