第166話

 またも例の公園から逃げ出してきた沖長一行は、そこから少し離れた場所にある土手の方へと辿り着いていた。


「ところでその姿は何じゃ?」


 落ち着いたところで、やはり気になった様子で千疋がマスク姿の沖長に尋ねてきた。


「あー……ほら、風邪気味で?」

「いやそれもういいから」


 気絶から意識を取り戻した水月からのツッコミが入る。ここは話題を変えて、さっそくパーカーの少女について千疋に説明を求めた。


「こやつは戸隠……何じゃったかのう?」

「火鈴だっつうの! 戸隠火鈴!」

「ああ、そうじゃったそうじゃった」


 口調も相まって、まるで物忘れの激しい老人のようだった。


「その戸隠……さん? は、知り合いみたいだけど? さっき喧嘩がどうのって言ってたよな?」

「うむ。以前に少しのう」


 何やら若干言い難そうな雰囲気を感じた。しかも千疋が火鈴の方を一瞥したので、彼女に気を遣ったように思える。すると火鈴がフンと鼻で息を吐き出すと、


「別に言いたきゃ好きにしろよ。ま、言ったところで一般人には信じられねえと思うがな」

「お主がそう言うのであれば良いじゃろう。まあ端的に言えば、ワシとこやつは昔、同じ施設にいたんじゃよ」

「施設? もしかして……児童養護施設とか?」


 千疋には血の繋がった親はいない。何故なら単為生殖で誕生し、生んだ母親はすぐさま死に絶えているのだから。故に千疋が世話になった施設といえば思いつくところはそこしかなかった。


「いいや、分かりやすくいえば〝勇者を育成するための施設〟じゃな」

「……何だって?」


 思わず瞠目して聞き返してしまった。水月もキョトンとしているところを見ると、まったく理解できていない様子だ。


「その名の通りじゃよ。ワシやこやつのような勇者の資質がありそうな者を集めて育成する施設じゃ」


 火鈴が否定していないということは、千疋の言っていることが正しいことを意味する。

 詳しく話を聞いてみれば、その施設が発足したのは十年ほど前なのだという。つまりそれほど歴史があるわけではなさそうだ。


 施設では、ある大物が勇者やその候補生になる人物を育てるために創設したとのこと。そして千疋も生まれて間もなく施設で育った経験を持ち、そこで火鈴と出会ったらしい。


「もっともワシはすでに何年も前に逃げ出しておるがのう」

「逃げ出した?」

「うむ、あそこは実につまらん場所でのう。勇者を育成するといえば聞こえは良いが、その内実はまるでどこぞの軍隊施設よ。朝から晩までスケジュールを管理され、それに歯向かえば即懲罰を下されるようなのう。勝手な外出や娯楽などもすべて禁止で、与えられたものだけで生活することを強制されておったわい」


 それはまたこの時代に反逆したような施設である。正直訴えれば勝てるレベルではなかろうか。


「そんな性格に嫌気がさし逃げ出した先で、ワシはこのえに出会ったというわけじゃ」


 なるほど。そこで今も壬生島の家に世話になっているという話らしい。


「というよりそんな施設があるってことは、もちろんダンジョンについて知ってる連中が管理してるってことだよな?」

「あん? おいアンタ、ダンジョンのこと知ってんのか?」


 そういえばここには沖長たちのことを知らないであろう火鈴がいるのを忘れていた。当然彼女が沖長の発言に食いついてきた。


「それにさっきから聞いてりゃ、勇者って話もまったく疑ってねえようだし。どういうこった? それに十鞍パイセンとも親しいし、ナニモンだ?」


 怪しい人物を見るような目つきで沖長と水月を睨みつけてくる。


「そう威圧するでないわ、戸隠の。それ以上我が主を困らせるのならば、もう一度押し潰そうかのう?」

「くっ……わーったよ! ……ん? 主? おい、今我が主って言わなかったか?」


 またも食いつかなくていいところに食いついてきた。しかも今度は水月も含めてだ。

 内心で「あちゃあ~」と頭を抱えている沖長を尻目に、千疋は誇らしげに胸を張って宣言する。


「その通り! このお方こそ、運命の恩人にして我が生涯を捧げるに相応しい御仁! その名も札月沖長様じゃ!」


 漫画なら背後にドドンッと効果音が出ているくらいに威風堂々とした言を放った。


「は……はあ!? アンタ、正気か! アンタほどの奴が、こーんなガキに身を捧げるなんてよ! てかコイツがそんなすげえ奴だなんて思えねえんだけど!?」

「そ、そうだよ札月くんっ! 一体どういうこと!? も、ももももしかしてこの子を奴隷にしたとか!?」


 何故か二人して沖長に詰め寄って来た。

 沖長はこの状況を招いた千疋に恨めし気に視線を向ける……が、今もなお千疋は自慢げに微笑んでいる。


「ちょ、とりあえず話を聞いて欲しい! それと九馬さん、俺は千疋を奴隷になんてしてないから!」


 まったくもって人聞きの悪い。現代社会で奴隷なんて有り得ない。もっともそうしても千疋は喜びそうで恐怖感は拭えないが。

 沖長の言葉通り、少し落ち着いた二人に対し改めて説明をすることにした。


「いわゆるあれだよあれ。つまり社長と秘書的な?」

「ふむ? それはちと違うぞ主様よ。それを言うなら殿と家臣じゃろう」


 確かにそっちの方が的を射ているかもしれない。


「まあワシとしては身も心も捧げておるから、夫と妻という括りでも問題ないぞ」

「大ありだっつうの! 話が拗れるから千疋は余計なことを言うな!」


 事実、妻と夫という関係を聞いた水月は愕然としていたし、火鈴は若干……いや、かなりドン引きしている。まだ小学生でそれはないとでも思っているのかもしれない。


「ふ、札月くん? ほ、ほんとに……その、いかがわしい関係じゃないんだよね?」

「当然だってば! まあ……恩人ってところは否定しないけど、ちょっと大げさにし過ぎてるだけだから」

「む? 大げさなものか。ワシは心の底から――」

「あーはいはい。分かったから、それ以上言わないでいいから!」


 無理矢理彼女の口を抑えて、それ以上の発言を止めた。


(はあ……疲れる。ていうか何でこんなことになってんだ?)


 再度話の流れを素早く整理し、元の流れへと戻すことに勤しむ。


「えっと……俺が勇者やダンジョンを知ってるのは、俺も当事者の一人だからだ」

「は? 当事者だって? いや待てよ……札月……その名前どっかで…………ああ! 思い出した! 確かあるみの奴が言ってた奴じゃねえか!」


 そう言いながらビシッと沖長を指差してきた。




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