第165話
(こいつら、ここを試合会場かどっかと勘違いしてないか? 人が集まってくるぞ)
だがそうなれば沖長たちにとっても有利になる。さすがに多くの人の目が集まれば、彼女たちも矛を収めるしかないだろうから。
「ね、ねえ札月くん、今の内に逃げた方が良くない?」
水月が耳打ちしてくる。確かにその通りなのだが、それは難しいと言わざるを得ない。
何せ驚くことに、あの白銀髪の少女だが、パーカーの少女と戦いながらも、意識をこちらに向けているのだ。つまり逃がしてはくれそうにない。
「下手に動いたら巻き込まれそうだし、少し様子を見るしかないかも」
「そ、そんなぁ……」
気落ちする水月を見て肩を竦めてしまう。
相手は絶大な力を持つ勇者だ。先ほどの動きを見るに、全力で逃げたとしても追いつかれるだろう。沖長一人ならまだやり様はあるが、水月を連れたままではそれも難しい。
(あの二人の戦いがもっと激しくなれば逃げる隙もできるだろうけど……)
今も二人は衝突している。とはいっても専らパーカーの少女が繰り出す攻撃を、白銀髪の少女が防ぐといった形だ。
「ちっ、これじゃ埒が明かねえ。しょうがねえなぁ……」
その時、パーカーの少女の雰囲気が一変する。
(お、おいまさか……!?)
嫌な予感がした直後、それを証明するかのような一言が耳朶を打つ。
「――ブレイヴクロス!」
まさかまさかのパーカーの少女までもが勇者だった件。
噴出するブレイヴオーラ。それが一瞬にして鎧と化してパーカーの少女を包む。
それは燃え上がるような真紅に彩られた鎧。ヘッドギアには鬣を模したような造形が施されていて、臀部近くからは尾のような細長いものが生えている。
そこにいるだけですべてを威圧しているかのような気迫が迸っていた。それだけでなく少女が浮かべる笑みもまた獰猛な獣のソレを彷彿とさせる。
「さあ、こっから大喧嘩の始まりだぜ?」
二人が対峙しながら、いつ爆発してもおかしくないほどのオーラがせめぎ合っている。
このまま両者が激突したら公園なんて吹っ飛んでもおかしくない。そんなことになれば、ここにいる水月もまた被害を受けてしまいかねない。
激しくなれば逃げる隙ができるといっても、想定外な影響は勘弁してほしい。しかしながらこの状況で沖長が止められるはずがない。下手をすれば二人の脅威が同じにこちらに向く危険性もある。
すでに背後の水月は気絶しそうなくらいに震えてしまっているし……。
「――――――そこまでにせい」
するとまるで救世主のように聞こえてきた声音に、現場の空気がまたも一変する。
同時に睨み合っていた両者が、突然膝を折ってしまう。見れば彼女たちの足場に大きな亀裂が走っている。まるで何かに押し付けられているかのようで、その表情は歪んでいた。
「やれやれ、このようなところでクロスを纏っての戦闘とは、些か常識が欠けるのではないかのう」
そこに現れた人物を見て、沖長は心の底から安堵してその名を口にする。
「――千疋!」
「うむ、遅くなってすまなかったのう。あとはワシに任せよ」
現状で最も頼もしい存在である十鞍千疋の登場。彼女は沖長に頷きを見せた後、身動きができなくなっている二人に意識を向けた。
「ぐっ……か、身体が……て、てめえ……何でココに……っ!」
それはもちろん千疋に対しての発言だろう。白銀髪の少女もまた、口には出さないがその顔を千疋へと向けている。
「先も言うたが、お主らはやり過ぎじゃ。少々頭を冷やせ」
「ふ、ふっざけんな……がっ!?」
「見事な胆力じゃが、まだヒヨッコじゃのう」
千疋もまた鎧を纏ってはいるが、明らかに二人と比べても格上の力を示している。さすがは初代勇者の時代から力を引き継いでいるだけはある。
「っ……十鞍千疋。ここは分が悪い……か」
そこへ敗北を認めたかのように白銀髪の少女が鎧を解いた。それを見て千疋も「ふむ」と一つ頷いた後に力を緩めたようで、白銀髪の少女はそのまま立ち上がる。
そして沖長たちを一瞥してから、何も言わずにその場から去って行く。
「……さて、あとはお主だけじゃが、大人しくすると約束するかえ?」
「うぐっ…………ああもう! わーった! わーったよ! てかそもそもアタシはそいつらを守ってやろうって来ただけだしっ!」
「ふむ、では解いてやろう」
その言葉通り、先ほどまで感じていた重圧が消え、パーカーの少女は盛大な溜息とともに尻もちをつく。それと同時にクロスもまた解いていた。
「はあはあはあ……ったく、何でこんなことになってんだよ……」
それはこっちのセリフではあるが、確かにパーカーの少女は沖長たちを助けようと介入してくれたようにも見える。一応礼は言っておくべきだろうか。
「あ、あの……」
「あん? んだよ、何か文句でもあんのか?」
そんな喧嘩腰にならなくても良いと思うが……。
「その……知り合いがいきなり悪かったよ」
そう言いつつ少女に手を伸ばす。一瞬驚いたように目を見開いた少女だったが、その手は取らずに、そのまま立ち上がった。
「……まあアタシもつい熱くなっちまって、アンタたちのこと忘れてたし。まあその何だ……お互い様ってやつで」
どこか照れ臭そうな表情でそう言う少女に、何となくだが血気盛んなだけで悪い子ではなさそうという印象を受けた。
「にしてもまさかアンタまでここに来るなんてな、十鞍千疋パイセン」
「その言い方は止めい。それよりも相変わらずのバトルジャンキーじゃのう、戸隠の」
「うっせ。アンタこそ変わらずのデタラメっぷりじゃねえか、クソ」
二人のやり取りを見て気になった。
「もしかして二人って知り合い?」
「まあのう。とは言うても、一方的に喧嘩を売ってきおったので返り討ちにしたって過去があるだけじゃがのう」
その言い分に少女は舌打ちをする。どうやら千疋の説明に間違いはないらしい。
「あの時と同じで何ら成長しとらんのう、戸隠の小娘?」
「っ!? んだよ、喧嘩売ってんのか!」
「カッカッカ! 売れるほどの価値があるとは思えんがのう」
「て、てめえ!」
「ちょ、ちょい待ち! とりあえずこっから離れよう! ほら人が……」
沖長の視線を先では、ちらほらと人が集まって来ていた。
「それに……九馬さんが目を回しちゃってるしさ」
いつの間にか意識を飛ばしていた水月を気遣い、とりあえずその場を離れることにしたのであった。
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