第164話

 唐突に口にされた幼馴染の名前。だからか思わず警戒してしまった。その態度を察したのか、


「……心当たりがありそうだな」


 目元を包帯で隠しているにもかかわらず、自分たちが見えているのかのような発言に、沖長は内心で舌打ちをする。


(何だこの子……何でナクルのことを?)


 ナクルの友人や親戚なら納得だが、基本的に新しい知り合いや友人ができたらその日のうちに嬉々として報告するナクルなので、沖長が知らないということはナクルもまた親しいわけではない可能性が高い。


 同じように親戚でも、これまでずっと一緒に過ごしてきて家族旅行まで同行させてもらう仲となり、こんな癖の強そうな親戚がいるなら耳に入っているはず。もちろんそれでも遠い親戚で彼女が一方的にナクルのことを知っているという可能性はある。

 しかし何となくではあるが、ナクルと少女との間に親しい繋がりがあるとは思えない。


「えっとぉ……お姉さん? 何でナクルのこと探してるの? もしかして知り合い?」


 思考に耽っている内に、水月が恐る恐る尋ねてしまった。


「知り合いではない。ただ必要だから探しているだけだ」


 必要……?


 その言葉で、脳内にはいろいろな言葉が浮かんできた。

 それはやはり原作絡みであり、その中でもっとも可能性が高いのは【異界対策局】がナクルを手に入れようと接触してきたこと。何せ一度は断られたものの、向こうは諦めた様子は見せなかったからだ。


(ならこの子は原作キャラ? くそ、羽竹がいれば確かめられるのに……!)


 時期でいえば、今はナクルとガッツリ絡むキャラは水月だけ。水月の物語に幕が下りてから、また新しい展開が起こると聞いていた。こんな存在感のあるキャラクターが接触してくるという話は羽竹から教えてもらっていない。


(だったらまた新しい転生者? いや、だとしたら九馬さんを見て何らかの反応があるのが普通だよな)


 沖長以外の転生者たちは、揃ってナクルの物語を熟知している。当然水月のことも知っているはずだし、彼女を見て無反応というのは疑問が浮かぶ。


(俺と同じ原作を知らないパターンか? いやでもナクルのことは知ってるみたいだし……。ていうか必要ってどういうことなんだよ?)


 次々と溢れ出てくる疑惑。そんな中、またもややこしい状況に陥ってしまう。



「――――おいおい、こんなとこで小学生に恐喝か?」



 不意に聞こえてきた声音に対し、その場にいた全員がそちらに意識を向けた。 

 するとそこには、パーカーを着込んだ、またも同年代らしい少女が立っていたのである。


(また知らない子が出てきたし……)


 こちとら困惑中にいい加減にしてほしいと思いつつ、水月を背後にしながら少しずつその場から距離を取っていく。それができたのも、白銀髪の少女がパーカーの少女に注目していたからだ。


「……誰だ?」

「おっと、そういやアンタはアタシのことなんて知らねえか。けどアタシは知ってるぜ。なあ――防衛大臣の犬さんよぉ」


 その言葉に一番衝撃を受けたのは、言葉を向けられた少女ではなく沖長だった。


(防衛大臣!? なら蔦絵さんの親父さんか!)


 与えられた情報によって、白銀髪の少女が何故ナクルを探しているのかという理由にも説明がついた。 

 何せ現防衛大臣である蔦絵の父――七宮恭介は、ナクルを……いや、ナクルの力を欲しているからだ。


「あの七宮恭介のするこった。どうせ犯罪まがいなことでも指示されてんだろ? なあおい、何を企んでやがる?」

「それをお前に言う義理も義務も無い」

「けっ、まあそうだよ……なっ!」


 驚くことに、パーカーの少女が一足飛びで距離を詰めてきて、白銀髪の少女に蹴りを放った。しかしその蹴りは、白銀髪の少女が後方へと跳んだことで回避されてしまう。


「ひゅ~、さっすが七宮の犬。良い動きしてやがるぜ」


 いきなり何をと沖長が思う間もなく、次に白銀髪の少女が動く。


「――ブレイヴクロス」


 聞き逃せない言葉とともに、白銀髪の少女の身体から凄まじいオーラが噴出し、それが瞬く間に鎧へと姿を変えた。

 ナクルとはまた違う形状で、全体的に軽装であり銀色を基調としたものとなっており、目に留まるのは背中から伸びている羽のようなものだろう。


(クロスを纏ったってことは、この子……勇者の一人!?)


 ただナクルと比べて、明らかに白銀髪の少女の方が力強い。そのオーラの質や量もさることながら、軽々とこっちの世界でクロスを顕現できるということは、勇者として格が高いということ。


「うわ、マジかよ。んなとこでクロス纏うって頭のネジぶっ飛んでんじゃねえの?」


 挑発したお前が言うのかとツッコミを入れそうになったが、パーカーの少女はいたって平然としている。明らかに敵意を向けられているにもかかわらず焦ってもいない。


「ちょ、ちょちょちょ! この人たち何!? いきなり変なことに巻き込まれてるんですけど!?」

「落ち着いて、九馬さん! とりあえずこれ以上巻き込まれないように俺たちは離れよう」


 そう言って、今の内に離脱しようと試みるが、直後に目の前に白銀髪の少女が現れて立ちはだかった。


「まだ話は終わっていない」


 そう言われても、こちらは素直に答えるつもりなどない。ナクルのことなら尚更に。


「おい! アンタの相手はアタシだろ!」


 白銀髪の少女の背後からパーカーの少女が迫り、そのまままたも蹴りを放つが、今度はあっさりと片手で受け止められてしまった。そしてそのまま足を掴んで振り回し、遊具がある場所目掛けて投げ飛ばした。

 しかしパーカーの少女は、身体をクルリと回転させて体勢を整えつつ、遊具を足場にして再びそのまま跳躍して白銀髪の少女へと肉薄する。


「吹っ飛んじまいな!」


 突き出した拳には明らかにオーラが込められていた。その一撃を白銀髪の少女が腕を交差しながら受けるが、その衝撃力で数メートルほど後ずさってしまう。


「……ちっ、やっぱこの程度じゃ無理っぽいか」


 恐らくかなり本気を込めた一撃だったのだろう。傷一つ与えられていないことにパーカーの少女は悔しそうに舌打ちをした。



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