第163話

 水月の初のダンジョン体験を終えた後は、筋肉痛で苦しむナクルを尻目に、彼女の自室で沖長と水月は茶菓子を嗜みつつ談笑していた。

 ナクルもその輪に入りたそうだったが、気づけば疲労が溜まり過ぎていたのか寝入っていたのでそっとすることになった。


 どうやらダンジョンでは肉体が活性化して普段以上の力量を発揮することができるものの、こちらに帰ってきた際に反動が来るらしい。特にオーラを使い過ぎるとそれに比例して負荷も増大化するのがナクルと通して実感できた。

 そもそもただでさえぐったり状態だったのに、さらにブレイヴオーラを使って身体を酷使すればそうなってもおかしくはない。


 寝てしまったナクルを起こさないように、沖長は水月を自宅に送り届けることにした。

 水月もダンジョン体験は思った以上に刺激的で楽しかったのか、さっきからマシンガントークでこちらを飽きさせない。


 できることならもっと探検したかったらしいが、リアルタイムで進行しているということもあり、あまり長居して家族に心配かけるのも申し訳ないということで、探検はまた今度ということになった。


(でもよく考えれば、九馬さんも勇者の資質を持ってるんだ。今は俺が介入したせいで原作には深く関わってないけど、それも時間の問題かもしれないな)


 沖長やナクルと距離を取るというのであれば問題ないが、水月の性格上そうもいかないだろう。それに一度は確実にユンダに目をつけられてしまっている。

 現在ユンダはどういうわけか水月やその周囲に手を伸ばしていないが、完全に諦めたという保証はない。それに彼女の資質に気づく他の勢力も出てくる可能性だってある。

 そうなった時に、戦いの渦に巻き込まれていく危険性は高い。


(原作のような悲劇が彼女に襲い掛からないように努めてきたけど、それっていざって時に、彼女が自分自身を守れる力がないってことだよな)


 原作ではすでに勇者として妖魔と戦い自衛力を養っていた。その力があったからこそ、ナクルの窮地を救うこともできたのだ。しかし現状では一般人と何ら変わらない。


 仮に戦闘に巻き込まれた時、彼女に身を守れる力が無いので、そのまま無力に倒れてしまうことも考えられた。


(やっぱり勇者として覚醒させておくべきなのか……)


 それなら自衛力は養える。ただ確実に周りの者たちに水月の存在は知られてしまうはず。


(特にユンダに知られれば確実に利用しようとしてくるはず。このまま九馬さんが大人しく過ごしていればまだ……)


 そう思いつつも、やはりいざという時のことに思い悩む。未来というのは常に最悪を想定しておいた方が良いというのは誰の言葉だったか。もしかしたら漫画やアニメで知ったセリフなのかもしれないが、その考えは非常に正しいと今は思う。

 なら水月にもどっぷり原作に引き込む方が、こちらとしても対応しやすいかもしれない。


「…………くん? ……札月くんっ!」

「!? え、えっと、何?」

「何? じゃないし! さっきからどしたん? ずっと黙っててさ」

「あー……ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

「もう! せ~っかくこんな美少女が傍にいるのに、ドキドキしないなんてもったいないぞ! なんてね~!」


 ペロリと舌を出して茶目っ気溢れる仕草をする水月に苦笑が漏れる。


「というかさぁ、今更だけど一つ聞いてもいい?」

「ん? 何かな?」

「何でそんな恰好なん?」


 水月の疑問はもっともだ。

 何せ今の沖長の姿は、帽子を深々と被りマスクで口を覆っている状態なのだから。しかもそれにプラスして伊達眼鏡まで身に着けている。


「ファッションにしてはマスクが邪魔してない?」

「えっと……ちょっと風邪気味で?」

「いやいや、ナクルの部屋に居た時は普通だったじゃん!?」


 理由は簡単だ。この状況をユンダに見られてしまえば、沖長が生きていることが知られるからである。気休め程度かもしれないが、少しでも素顔を隠しておこうと思ってのこと。


「まあ気にしないで」

「そこまで言うなら別にいいけどさぁ……でも何か不審者みたいだし」

「はは……ん?」


 辛辣な言葉に胸に走った痛みを堪えながら歩いていると、前方に気になる光景を見て足を止めた。

 ここは以前ダンジョンが発生した公園だ。すでにダンジョンは攻略されたのか、普段通りの様相を呈しているのだが、公園内のベンチの上に一人の少女が立っていた。


 もし座っていたならさほど気になることはなかっただろう。しかし土足のままベンチの上に立ち、ぼ~っと天を仰いでいる姿は注目を集めるのに必然的だった。

 だけど……。


(綺麗な子だな……)


 明らかに今の自分よりは年上に見えるが、陽光に照らされキラキラと輝く美しい白銀の髪を風で靡かせ、透き通るような白い肌に整った顔立ちはまさに絵になっていた。だからかつい見惚れてしまう。


「ほぇ~……めっちゃキレイな人なんですけど……」


 どうやらそう感じたのは沖長だけではなく水月もそうだったようで、少女に視線を奪われて感嘆していた。

 するとこちらに気づいたのか、少女がゆっくりとこちらを向いた。そこで改めて気になったのが、少女の目元を覆っている赤い包帯である。眼帯……とはまた別で、本当に赤く染め上げた包帯を巻いている感じだ。


「あ、あれ? もしかして何か邪魔しちゃった感じ? もしかして怒ってる? ど、どうしよ札月くん!」

「落ち着きなって、九馬さん。機嫌を悪くさせちゃったなら謝ればいいだけだろ?」

「そ、それもそっか! えっと、ごめんなさいっ!」


 いや、まだ機嫌を損ねたと決まったわけではないのに、水月が素早く頭を下げてしまった。

 少女はそんな水月の行為を見て、何を言葉にすることもなくベンチから降りると、そのまま近づいてくる。


 身長は少し向こうが高いくらい……か。


(てか近づいてきてるけど、日本人……じゃないよな? やべぇ……英会話とか無理だぞ)


 外見上は明らかに日本人離れしている。外国人が相手なら普通は英会話が必要になるが、前世でもその知識はあまり深くない。精々単調な英文を訳せるくらいで会話などに自信はまったくない。


 そんな戸惑いをよそに、少女が沖長たちの目前までやってくると水月は怖れを成したのか、ササッと沖長の背後へ隠れてしまう。ここは水月のコミュ力を爆発させるところだと思うが、さすがに外人相手では萎縮してしまうということだろうか。


「うぅ……お人形さんみたい……緊張するってばぁ」


 どうも相手が綺麗過ぎて対応に困っているだけのようだ。それは沖長もまた同じなのだが、覚悟を決めてリスニングに意識を集中させてみた。


「…………お前たちは、ここらへんに住んでいるのか?」

「…………へ?」


 ガッツリ日本語だった。しかも流暢過ぎて、逆に違和感を覚えるほどに。

 思わず呆気に取られてしまったが、「聞いているのか?」と相手側から再度尋ねてこられたので、慌てて沖長は「そ、そうです!」と返答した。


「……そうか。じゃあ聞きたいことがある」

「な、何でしょうか?」


 声優で活躍できそうなほどに可愛らしい声音。ただ口調が勇ましいのでギャップに困る。

 しかし次の彼女の言葉により、さらに困惑する状況に陥ることになる。


「日ノ部ナクルという子を知っているか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る