第162話

 視界に飛び込んできた景色に懐かしさを覚えた。

 そこは初めてダンジョンというこの物語の根幹を成す存在に足を踏み入れた時のこと。その時に見た光景そのままだった。


 一言で言えば荒野ではあるが、以前と違うところはその空気感であろうか。

 前は怖気を感じるというか、ピリついていて緊張感が常に漂っていたが、今は空気も澄み切っていて危険性を感じさせない。


(これは攻略したから……だろうなぁ)


 というよりも、このダンジョンを生み出したのがナクルだということが一番大きな要因になっているかもしれないが。

 仮にドス黒いものを抱えている人物が生み出したら、妖魔がいた時のような気の置けない場所になっていたかもしれない。


「ここが……ダンジョン?」


 水月は今も沖長の服の端を掴みながら少し不安気に周りを見渡している。


「そうッスよ。まあボクたちもクリアしてからは初めて来たッスけど」

「そ、そうなん?」


 そこでダンジョンの掌握についての説明を沖長は詳しく教えた。そして掌握したダンジョンは、掌握者の自由意志で生み出すことが可能なのである。


「へぇ……妖魔ってやつもいないんだ。じゃあ安心ってこと?」

「そういうこと。けどマジでド忘れしてたわぁ。ココなら安全に話したりできるし、修練だって思う存分できるもんなぁ」

「そう考えたら蔦絵ちゃんも忘れてたって感じッスかね?」

「あー……かもなぁ」


 もっとも蔦絵含めて修一郎たちも、あまりダンジョンには好感を有していないようなので、ナクルたちに勧めなかったという理由もあるかもしれないが。

 沖長にとっては使えるものは何でも使えばいいと思うが、こればかりは人の価値観の違いなので仕方ないだろう。


「そういやナクル、ダンジョン主として何かできることはないのか?」

「ふぇ? えーっとぉ…………一応ダンジョンに何があるかは何となく分かるッスよ?」

「それだけか?」

「う~ん、あとは…………あれ?」

「どうした?」

「あ、いや……何となく身体が軽いような」

「? ……ちょっと降ろすから立ってみろ」


 そう言っておんぶ状態からナクルを立たせるが、さっきまでは上半身を起こすのも億劫そうだった彼女は、そのまま自分足で立って平然と歩いてみせた。


「お、おお……何か元気になったっぽいッス」


 あれだけ疲弊していた身体が急に回復するとは思えない。これは恐らくダンジョンの影響だろう。沖長は別段急速に回復している様子はないので、これはダンジョン主のナクルだからこそなのか、それとも……。


「……九馬さん?」

「ん? どしたん?」

「変なことを聞くかもしれないけど、気分はどう? こう力が湧いてくるとか、妙に高揚してくるってことはない?」

「ん? えっと…………確かに言われてみればそんな気分かも。何かこう……絶好調な感じみたいな?」


 そう言いながら、自分の両手を握っては開いてを繰り返していた。

 ダンジョン主でもない水月が、ナクルのようにダンジョンの影響を強く受けているとすれば……。


(なるほど。もしかしたら勇者の資質を持つ人物は、ダンジョンでは自然に力が高まるのかもな)


 ということは残念ながら沖長にはやはり勇者の資質がないことが証明されたということ。まあ過去から見ても勇者は女性だけのようだから不思議でもないかもしれないが。


(いや、けどよく考えたら何で女性だけなんだろうな。そこんところは羽竹も知らないって言ってたし)


 原作では細かく語られていなかったらしい。正確にいえば【勇者少女なっくるナクル】シリーズは完全に完結していない状態で転生したらしいので、もしかしたらいずれ判明される設定だったのかもしれないが。


「ねえねえ、オキくんオキくん」

「ん? 何だナクル……って、何で逆立ちしてんだよ?」


 見ればいつの間にかナクルが逆立ちして、完全回復しましたアピールをしていた。


「すっごーい! ナクルってばそんなこともできるんだ!」

「へっへーん。じゃあもっとすっごいの見せるッスよ!」


 そのままピョンと跳ねて地面に立つと、軽く息を整え始める。何をしようとしているのか沖長にはすぐに分かった。


「――――ブレイヴクロス」


 ナクルが呪文のように呟いた直後、普段発していたオーラとは別種の輝きが彼女から迸る。


「わわっ、い、いきなり何!?」


 どうやら水月にもその目で捉えられているようだ。

 ナクルが放出しているのは勇者だけに許されたブレイヴオーラ。そしてそれが次第に形となって、ナクルの身を纏っていく。

 ブレイヴクロスを纏ったナクルの姿を見て言葉を失う水月。しかしすぐにハッとすると、


「え……ええ? ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 どこまでも届くかのような驚き声を上げた。


(やっぱダンジョン内じゃ、あっさりと身に着けられるみたいだな。それに前に感じた時よりも力強い。これは多分、普段の修練によってオーラの扱いに慣れてきたからか?)


 コモンオーラのコントロールをするための修練は、比例してブレイヴオーラの鍛錬にもなっていたようだ。


「ちょ、ちょちょナクル! アンタ何その姿!?」

「はは、驚くのも無理はないけど、アレがブレイヴクロス。勇者のみが纏える鎧だよ」

「札月くん……あれがそうなん? っていうか、ちょっとカッコ良いかも」


 確かに今のナクルの姿は、子供心をくすぐる。かくいう沖長も、鎧という防具には憧れを持っている。ああいう非現実的な恰好は、特にオタク心を持つ者を揺さぶってくるのだ。


「ねね、ナクル! そうなったら何ができるん!」


 興奮気味に尋ねる水月に対し、どこか誇らしげに胸を張るナクルは素直に口を開く。


「フッフッフーン、じゃあちょっと見せるッスよ~!」


 そう言うと、ナクルが両足に力を込めて、そのまま解き放つように跳躍した。凄まじい勢いでロケットのごとく上空へと跳ねたナクルを見上げて、水月は「凄い凄い!」と目を輝かせている。


 そのまま地面に着地したナクルに、水月が称賛するような声を何度も上げることで、ナクルは気分良くなったのか、次々と技のようなものを見せていく。


(あ~あ、完全に調子に乗ってるなありゃ。あとで痛いしっぺ返しがこないといいけど)


 だがそんな沖長の懸念は当たってしまう。

 それは三十分後、ダンジョンから自室へと戻って来てのことである。


「はぅぅぅぅぅ~…………か、からだがぁぁ……」


 全身筋肉痛に襲われているかのような状態で倒れ込むナクルの姿がそこにあったのだった。



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