第161話
「ダン……ジョン? え? ええ? ちょ、行くって今から!?」
水月が驚きのあまり声を上げる。まあその反応は当然だ。
「いや、だってダンジョンって危険なんだよね!? ていうかあたしも行っていいの!?」
「まあ落ち着いてくれ、九馬さん。これから行こうとしてるダンジョンは、自然発生したものと比べても安全だから。妖魔もいないしな」
「へ? そうなん?」
彼女の頭の中ではハテナが次々と浮かんでいるのは間違いないだろう。これからやることについて何の説明もしていないのだから当然だが。
「まあ、論より証拠ってことで、ナクル、できるか?」
「うぅ……ちょっとしんどいッスけど、やってみるッス」
痛たたと言いつつも身体を起こしたナクルは、ベッドの上に座り込んで祈るように両手を組む。
「ダンジョンさんダンジョンさん……どうか出てきて欲しいッス」
まるで流れ星に願い事をするかのように口を動かす。
するとナクルの目前の空間が徐々に渦を巻くようにして揺らぎ始め、そこの空間の向こうにだけ別の景色が浮かび上がった。
(へぇ、こっちから開く時は亀裂じゃないんだな)
実際に今まで見てきたダンジョンへの入口は、空間にヒビが入って大きな亀裂が生まれていた。しかし今回はどちらかというと、先日沖長が〝X界〟から戻ってくる時に見たような景色と似通っていたのだ。
「う、嘘ぉ……」
目の前に現れた謎の現象に対し水月だけは驚嘆の声を漏らしていた。これで不可思議な現象を目にするのは二度目だろうが、やはりまだ慣れるには時間がかかりそうだ。
「じゃあナクル、先にお前が……って、何その格好?」
ナクルが沖長に向けて両腕を広げている。そして――。
「んっ、抱っこッス!」
どうやら運んでいけということらしい。確かに動くのも億劫なのは理解しているので、「しょうがないな」と漏らしながらも、ナクルをおんぶすることにした。
おぶされたナクルは「えへへ~」と恥ずかしげもなく嬉しそうで、水月もそれを微笑ましそうに見ている。
「んじゃ、行くか。九馬さんも、俺についてきてくれ」
「え? あ、うん。で、でもちょっと怖いからその……掴んでて……いい?」
上目遣いで沖長の服の端をチョコンと握ってきた。保護欲を誘うようなその提案に沖長が「手でも繋ごうか?」とからかうように言うと、
「ちょ、さ、さすがにそれは恥ずかしいってば!」
などと顔を赤くした。その初心な様を見て、つい微笑ましさを覚える。
そうして三人一緒にナクルが生み出したダンジョンへと足を踏み入れることになった。
※
――【七宮家・執務室】。
この日本国における行政機関の一つ――防衛省の長という立場にある七宮恭介。当人が執務を行うための部屋であり、外出予定が入っていない時は、ここで一日中仕事に勤しんでいる。
今もパソコンと睨み合いつつ、様々な事務仕事に従事している最中だ。
当然防衛と銘打つだけあり、その仕事の中心は日本国の安全を守る政策を生み出すこと。また国会などにも出席し、議員からの多種多様な質問に対し答えることもあり、有事の際には総理大臣に従い自衛隊の活動を監督・管理する必要もある。
つまりは国家防衛の要を担う重要な一席に座っているということだ。
そんな恭介の執務室に一本の電話が入り、素早く受話器を取って対応する。
「…………そうか。それと例の件はどうだ? …………分かった。アイツを執務室へ呼べ」
端的にそう言うと受話器を置いて腕を組む。その眼光は鋭く、若干不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「やはり皇居への訪問許可は下りず……か」
どうやら先の電話では、皇居へ入る許可に関してのものだったようだ。
恭介の娘の一人――天徒咲絵が住まう皇居。以前にも彼女との面談に足を踏み入れたが、それからも何度か訪問の許可を取ろうとしているが、その度に延期をされているらしい。
「どうせ裏から総理が手を回しているのだろうな……あの女――國滝を使って」
面倒臭そうに頭を軽く左右に振ると、そのまま座っている椅子を回転させて背後にある窓の向こう側を見据える。
「【異界対策局】か……鬱陶しいものを作ってくれたものだ。このまま放置すれば戦力的にもこちらが不利。ならば……」
直後、ノック音がして「入れ」と恭介の言葉の後に扉が開く。そこから姿を見せたのは一人の少女だった。歳の頃は十五歳くらいだろうか。白銀の髪を持ち、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
しかし目元を赤い包帯で巻いているので確認することはできない。それでもまるで見えているかのように躊躇なく進んで恭介の前に立つ。
恭介も再度椅子を回転させて少女と相対する。
「……来たか。お前に任務を与える」
「……殺し?」
怖いことを平然と尋ねる様子は、随分慣れた感じを受ける。
「違う。ある人物をここへ連れてきてもらう」
「つまりは誘拐?」
「勝手に解釈しろ。とにかく任務を遂行するんだ。分かっているな?」
「了解。それが任務ならば、ヨルは実行するだけ。それで? 誰を誘拐すればいい?」
恭介が「すぐにデータで送る」と言うと、ヨルと自称した少女はコクンと頷いた。
「補佐は必要か?」
「いらない。足手纏いになるだけ」
「ふっ……ならばさっさと迎え。失敗は許さないぞ」
その言葉を聞くと、ヨルは何も言わずに踵を返して部屋を出て行った。
一人残った恭介は、軽い溜息を吐くと、その場からスッと立ち上がって窓の傍まで行く。
「さて、まずは戦力を整える。そしていずれ現れるであろう秘宝有するダンジョンを必ず私が掌握する。待っていろ……もうすぐだ」
そうして再び窓の外を睨みつけるようにして言葉を吐いた。
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