第160話
ナルクの自宅を訪ねてきたのは水月だった。
実はサプライズというわけではなく、予めこの時間帯に訪ねてくるように伝えておいたのである。
一応彼女の安全を確保するための監視として、このえが能力で創った鳥がここ数日は傍で見守ってくれていた。何か異常があればすぐに連絡が入ることになっているが、先も言ったようにあのダンジョン発生時からは本当に何も起きていない。
(ユンダの奴……九馬さんを取り込むことを諦めたのか?)
もしくは護衛に十鞍千疋がいることが分かっているから手を出し辛くなっているのか。しかしそれにしては何も動きが無さ過ぎる。本当に諦めたかのように思えてしまう。
ここでこのえの監視を解くべきか否か迷うところ。このえは大して力も使わないから続けても構わないと言ってくれてはいるが、それでも多少なりとも負担をかけることになるので、やはり申し訳ないという気持ちもやはりあるのだ。
それに何かあったら真っ先に千疋を出動させていることもだ。本当に彼女たちに頼り切ってしまっている。ただ現状それがベストなので、もう少し様子を見守ることにした。
ナクルが動けないので、沖長が代表して水月を玄関まで迎えに行く。
「あ、札月くん、おっはー」
「はは、もうこんにちはだけど。よく来たね、九馬さん。上がってよ」
「ほうほう、勝手知ったる我が家な感じですかな?」
「まあ、ね。門下生としてよくしてもらってるよ」
そうして水月をナクルの部屋まで案内する。部屋に入ると、ナクルは枕に顔を埋めたまま「ん~」と言って軽く手を振って出迎えていた。
「ありゃま、ナクルってばどしたん?」
「修練での後遺症かな」
「ほぇ~、古武術ってそんなに厳しいの?」
「最近はまあ……特別メニューをしててさ」
「ふぅん……ところでナクルの家って初めて来たけどおっきいよねぇ。何か歴史ありって感じもしたし」
確かに今では麻痺していたが、ナクルの家は一般家庭と比べると裕福ではあるだろう。もっとも昔から国を支える占術師や忍者の血筋の人たちが集まっているから蓄えは相当なものではあるはずだが。
沖長が座布団を用意して、その上に水月を座らせる。今回彼女がここへ来た理由は、雑談を楽しむわけではない。
先日起こったダンジョン発生の件含めて、これからのことについて話し合うためだ。
まずは水月が初めてダンジョンの発生を目にした時のことから情報を共有していく。
「あん時はいきなりでマジビックリしたし。札月くんが急に現れるし、ダンジョンとか勇者の話を聞かされるしでさぁ」
「ああ……オキくんがボクに内緒で、一人だけで水月ちゃんを助けに行った時っスね」
少し不機嫌そうな声音だが、沖長が浮かべた苦笑を見てナクルは「冗談ッスよ」と笑ってくれたのでホッと息を吐いた。
「でもナクルがその……勇者っていうのはホントなの? 何かそういう特別な力とかあったら見たいなぁって思うんだけど」
「あー……実は勇者の力をまだ上手く扱えないんだよ、コイツ」
「そうなん?」
「そ、そんなことないッスよ! ダンジョン内じゃちゃんとクロスも身に着けられるし!」
「クロス? クロスって何?」
「そういや説明してなかったっけか? オーラについては説明したっけ?」
「えっと、いわゆる気とか生命エネルギーみたいなやつでしょ?」
「そうそう。誰もが必ず持っているのがコモンオーラって呼ばれるもので、勇者だけが持つオーラのことをブレイヴオーラっていうんだよ」
沖長の説明をウンウンと相槌を打ちながら水月は聞いている。
「そしてそのブレイヴオーラを鎧状に物質化させて纏うことができるんだ。それがブレイヴクロス。これを纏ったナクル……勇者だけがダンジョンを攻略することができる」
「確かダンジョンには主ってのがいるんよね? それを倒せるのが勇者だっけ?」
「その通り。だから残念ながら俺には攻略ができないってこと」
「それはまだ分からないッスよね、オキくん。オキくんだっていつか勇者として覚醒する可能性があるって話だし」
確かにそういう話は出てきている……が、長門曰く男の勇者は原作では出てきていないという観点からも、女性の身に許された力であると推測している。
もっとも沖長だって主を倒そうと思えばできないこともない。何せ以前ナクルのブレイヴオーラを回収しておいたから、それを行使することで主を討伐することも可能かもしれない。ただ試したことがないので確証はないが。
「そっかぁ……じゃあ今ナクルにそのブレイヴオーラってもんを見せてもらえないんだ。ちょっと残念かも」
ナクルも申し訳なさそうに「ごめんなさいッス」と項垂れていた。
(ここがダンジョンなら問題ないんだけどな……さすがに妖魔がウヨウヨいるような危険地帯に九馬さんを連れていくわけには…………あ)
そこで思い出したことがある。
それはナクルが以前に攻略したダンジョンのコアを体内に吸収していたことに。
そしてこれも勇者だからこそ可能な事実がある。
「……行ける」
「? 行けるって何が?」
「どうしたんスか、オキくん?」
無意識の呟きに対し、二人が小首を傾げてこちらを見つめてきた。
「なあ、ナクル」
「はい、何っスか?」
「前に修一郎さんたちに説明されたよな。ダンジョンのコアを吸収した者について」
「ふぇ? え、えっと……」
これは完全に忘れているようだ。
「俺も最近慌ただしくてすっかり失念してた」
何でそんなことを忘れていたのか、思わず舌打ちをしてしまう。
「い、一体どうしたん、札月くん?」
「実はね、ダンジョンの主を倒して攻略すると、主が所持していたコアを討伐者がその体内に吸収することができるんだ。掌握っていうんだけど」
「しょうあく? つまり……どういうことなん?」
「簡単にいうとコアの力を扱うことができるようになるってこと」
そこでようやく思い出したのか、ナクルがハッとして「オキくん、もしかして……」とこちらを見てきたので、その言葉に頷きを返しつつ宣言するように沖長は口にした。
「これからダンジョンに行くぞ、二人とも」
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