第159話
ユンダとの戦闘から数日が経ったが、結局あれから周囲に何か変わったことが起きたわけではなかった。
ユンダは沖長を殺したと判断したとしても、次に興味を向けていた水月にも手を伸ばした様子はなかったのである。
故に警戒していたことがバカらしく思えるほどの平和な日常だった。
まあ正確に言うのであれば、ユンダと接触があったことを修一郎に知られてからほぼ毎日、死ぬほど厳しい修練をこなすことにはなったが。
それというのもユンダという名を聞いた直後に、修一郎が顔色を変えて、蔦絵でさえ硬直するほどの気迫を迸らせたのだ。
聞けばユンダこそが、かつて修一郎が死闘を繰り広げた妖魔人の一人であり、でき得るならもう二度と対峙したくないと言わしめるほどの実力者だったからである。
そんな相手と対峙し、遊ばれていたとしてもよく生き残れたなと自分に感心する沖長をよそに、修一郎は沖長やナクルに対しさらに濃い修練を課した。
沖長も強くなることを望んだとはいえ、彼が課すオーラを含んだ修練は、それまでよりも一回りも二回りも厳しいもので、休みの日などはギリギリまで身体を酷使する結果になった。
とはいっても、まだ子供の身体であり無理(すでに無理だと思うが)はできないと、蔦絵に与えられている課題よりは楽なもの。
そんな蔦絵には、沖長たちよりもその質も時間も段違いで修練を課せられている。当然彼女もまた望んだことではあるが、三人揃って連日ボロボロというわけだ。
「うぅ……最近お父さんが厳しいッスぅ~……」
現在ナクルの自室にて、ナクルは自分のベッドの上でぐったりとしており、その傍で沖長もまた気怠さを感じつつ冷たいウーロン茶を飲んでいた。
ナクルの部屋は、やはり女の子らしい内装をしており、彼女が好きな色である水色と白を基調とした家具が多い。家具だけを見れば大人っぽい雰囲気があるが、それに加えてぬいぐるみやら少女漫画などが大量に置かれているので、そこはやはり年頃の女子である。
以前ナクルの部屋について長門と話題を繰り広げたことがあったが、その時に長門が驚いていた。原作ではどちらかというと殺風景というか無骨な感じの内装だったらしい。
可愛いものも数えるほどで、読者には暗い印象を与えていた。それも幼少の頃からの環境が原因だったからとのこと。
(まあ、家族とは打ち解けられず、ずっと孤独を抱えて過ごしてきたらしいしなぁ)
それも誤解だということは後になって知ることにはなるが、その時には蔦絵を失うなど、すでに悲劇を幾つか経験した以降のことで、とてもではないが普通の女子のような暮らしを全うすることはできない状態だった。
だからこそ今のこの環境こそが、ナクル本来の気質に合ったものなのだと沖長は思う。
「……オキくん、何でそんなに元気そうなんスか?」
「ん? そんなことないぞ。修練した後だし疲れてるって」
「にしてはボクよりも楽そうっス……」
「あー……終わって少し経ってるからな。大分回復してるってのもある」
「むぅ……ズルイッス」
「そんなこと言われてもなぁ」
「だって! オキくんてば、どんだけ厳しい修練した後でも、ちょっと休めば元気になるじゃないッスか! 一体どういう身体してるんスか!」
「いやだからそんなこと言われても……」
まず間違いなく神に要求した丈夫な身体のお蔭であろう。実際沖長自身もおかしいとは思っているほどにタフ過ぎるのだ。
ナクルの言った通り、どれだけ体力や精神力を行使し得る修練をしても、一時間ほど何もせずに身体を休息していれば復活することができる。普通はナクルのようにその日はもう動きたくないくらいには消耗するはず。
しかし気怠さこそ感じるものの、あと少しの休息時間で完全復活することは自覚している。
「ナクルだって同年代と比べれば身体も丈夫だろ? それに勇者なんだし」
「うぅ……そうッスけどぉ……何か納得いかないッス」
「はは、今もぐったりしてるしな、お前ってば」
「あの蔦絵ちゃんすら部屋にこもって出てきてないッスよ?」
「あーそういや蔦絵さんがこなしてる修練をちょっと見させてもらったけど、あれはもう拷問に近いな、うん」
「え……そ、それほどッスか?」
「ああ、正直人間が耐えられるのかってくらい?」
「うわぁ……」
事実、蔦絵が受けていた課題はとんでもないものばかり。
以前修一郎が放つオーラの重圧をその身に受ける修練をしたが、蔦絵に関していえば殺意が込められたオーラをただひたすら回避、あるいは防御するというものだった。
当然その放たれるオーラの威力は、沖長が銀河のオーラを殴り飛ばすような陳腐なものではなく凄まじい破壊力を持つ。
仮にオーラで身を守っていないと、一撃受けただけで瀕死以上が確定するだろう。そんな凶悪なエネルギーの塊を、何発も何発も潜り抜けるような修練である。
沖長たちが受けている修練なんてまるでお遊びかと思うほどにレベルが違う。しかし勘違いしてほしくないのは、それが強制的ではなく蔦絵が望んだということ。
正直修一郎はさすがに戸惑っていたものの、ユンダの件もあり結果的に進めることになったのだ。
たださすがの彼女でもキツかったようで、修練後すぐに自分の部屋に戻って死んでいるかのように寝込んでいるらしい。
「蔦絵さんのレベルにまで行くには一体どんだけかかるのやら……」
「ボクはいつになったらブレイブオーラがこっちでも使えるようになるのか……」
「そうだな。でもナクルはコモンオーラに関しては大分扱えるようになったじゃないか」
一般的なオーラであるコモンオーラ。〝オーラ実践法〟をこなす上で、ナクルはコモンオーラを自覚し扱えるようになっていた。
「俺も何となく感じれるようにはなったけど、まだまだだしなぁ」
沖長もまたオーラを自覚するところまでは来たが、自在にコントロールするには及ばない。いまだ攻撃にも防御にも上手く転じることには至っていない。
「…………そういえばオキくん、例の力のことはやっぱりお父さんたちにはまだ教えないんスか?」
「……まあ、な」
この世でナクルだけが、沖長が蔦絵を死からどうやって復活させたかを知っている。何せ直接その目で見ているのだから。
ただこの能力は、絶大な力を持つとともに争いの火種になりかねないものでもある。もちろん修一郎たちに伝えたとて、それで沖長への扱いが変わるなどとは思っていない。
しかし第三者に知られるリスクは確かに増えてしまう。だからできる限り、自分の能力については隠しておきたいのだ。もし伝えることになってもある程度は誤魔化す方向で行くつもりだ。このえや千疋に教えたように。
それに一番信頼している両親にも黙っているのだ。仮に真実を誰かに告げるのであれば、まずは親からが筋だと思っている。
ナクルにだって、能力の全容を伝えているわけではないのだから。
するとそこへ扉がノックされて、ナクルが「ふぁ~い」と気の抜けた返事をした。
扉が開いて現れたのはナクルの母――ユキナであり、ナクルのだらけた姿と、きちんと姿勢を正して座っている沖長を見比べた後、彼女は呆れたように溜息を零す。
しかし修練後であることも知っているので、特にナクルの態度については言及せずに要件を伝えた。
「二人とも、お客様がいらっしゃっているわよ」
どうやら自分たちを尋ねて誰かがやってきたようだった。
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