第156話

「……………っぷはぁぁぁぁ~!」


 すべての緊張から解き放たれたかのように脱力しながら盛大に息を吐き出した。

 仰向けに横たわる沖長は、ぼう~っと見知らぬ天を見上げながら心を落ち着かせていた。

 そして気怠い感じで右手を目の前に持ってきて閉じては開いてを繰り返す。


(……生きてるってことは……上手くいったってことだよな)


 少しそのままで呼吸を整えた後、ゆっくりと上半身を起こし周囲を見回す。

 そこに広がっている光景は一言で言うなら――異質。


 白、白、白、白、白。


 辺り一面、どこを見渡しても白一色なのだ。こんな場所にいるだけで、普通は息が詰まるし気が狂う者もいるかもしれない。それほどまでに何もない空間。

 しかし沖長にとっては、どこか落ち着く感じがする暖かな場所でもあった。


 そして一切慌てていない。何故ならここがどこかは分かっているからだ。

 あの時、ユンダの無慈悲にも似た一撃が振り下ろされた瞬間、防御も回避も不可能だと悟った。いや、正確にいえばたった一つだけ回避する方法は思いついていた。 


 ただそれまでに試したことはなかったし、上手くいく保証はどこにもなかった。しかし最早それに懸けるしか生き延びる道がなかったのである。

 沖長を窮地から救ってくれた存在。その存在の〝中〟に現在佇んでいるのだ。


 そしてそれは――。


「ここが――――《アイテムボックス》の中か」


 そう、ユンダから放たれた凶悪な一撃から身を守るにはこれしか方法が思いつかなかった。

 以前不意にこの〝回収〟の効果について考えたことがあった。

 確かに沖長が生物と認識している存在は回収することができないが、ならば自分自身はどうだろうかと。


 間違いなく生物であることは疑いようもない事実だが、能力を行使している本人はその範疇に入らないのではないか、と。

 ただ試そうとは思ってみても、少し踏ん切りがつかなかったこともあった。


 何せ仮に回収できたとして、自分の身体がボックス内に在るのだ。中は時間凍結しているはずだし、そこで自分の時間も停止して永久に動けなくなるのではという懸念があった。

 またそこで動けたとしても、自分自身を外に取り出すことが可能なのか否かも定かではなかったため今まで躊躇われてきた。


 だがあの瞬間、自分が生き残るにはコレしか方法はなかったため使わざるを得なかったわけである。

 一応こっちに来る前に、以前もしかしたら輸血に活用できるかもと事前に回収しておいた自分の血液を大量に取り出しておいた。加えてクリスマスに母が購入していた丸鶏も数羽分放出してから自分を回収したのである。


 これで上手くいけば、沖長という人間を殺した実感をユンダに与えることができると踏んだ。もっとも詳しく現場を調べられたら、肉片が人間のものではないことは分かるだろうが。そこはもう賭けるしかなかった。


(てか、あの一瞬でよくそこまで頭が回った自分を褒めてやりたいわ……)


 ほとんど反射的に行った感じだったが、これも普段の修練の賜物だとするなら古武術を習ったのは心から正しい判断だったと思う。


「にしても…………何も無いな」


 とりあえず自分の身体は動くし心臓も止まっていないことから、自分が時間凍結していないことは理解できた。そして回収できた事実にも、やはり使い手は例外だということも知ることができてホッとしている。

 しかしながら、まさかボックス内がこんな白一色の世界だとは思いもしていなかった。


「回収したものがどっかに収められると思ってたんだけど…………無いよな?」


 どこを見渡してもやはり無限に白が広がっているだけ。


「……あ、そうだ。確認してみるか」


 何かここから出る手がかりでもと思って、いつものボックス画面を開いてみた。

 すると〝新着〟カテゴリーにそれはあった。



Ⅹ 札月沖長(アイテムボックス使用者)



「…………Ⅹ?」


 見慣れないランクが記載されていて思わず瞠目した。

 ランクの最大値は〝S〟までのはずだ。そして最低値は〝F〟。

 故に〝X〟というランクは有り得ない。


 困惑しながらもテキストを確認するためにクリックすると、別画面が開いて札月沖長の概要が示される。

 その内容は当然ながら自分でも知っているものばかり。だから今度は〝X〟の方をクリックしてみた。


 すると――。


「Xとは…………ランク外の存在?」


 そこに書かれていた内容を熟読していく。

 どうやら〝X〟というのはランクを示すものではなく、ランクでは位置付けできない存在に与えられる称号のようなものらしい。


 またココは〝X界〟と称されており、《アイテムボックス》の根幹を成す場所でもあるとのこと。つまりダンジョンでいうならばコアみたいなものだろうか。


「ここでは時間も空間も、すべてが思いのままで、鍵となるマスターのみがその力を自在に行使することが可能……か。マスターってのは多分俺のこと、だよな?」


 それならたとえばここで何がを願えばそれが現実になるということなのかと思案し、とりあえず試してみることにした。


「えーっと…………浮け」


 そう口にした直後に、身体がフワリと浮いた。


「お、おお~!」


 さらにそのまま思い描いた通りに飛行することもできた。


「これは思った以上に楽しいな。あとはそうだな……こんなこともできるのか?」


 脳内にある景色を思い描いた刹那、それが瞬く間に再現された。

 ただただ白だけだった空間に、空や大地、森などが生まれて、まさに自然が誕生した世界へと一変したのである。


「す、すっげぇ……」


 自分の力ではあるはずなのだが、あまりにも想像外な事実に目を丸くしてしまった。



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