第157話

 まるで一つの世界の神にでもなった気分だった。

 いろいろ試したが、凡そここで出来ないことはほとんど何もなかったのである。

 気候だってコントロールできるし、食材や日用品など現実に存在するありとあらゆるものを再現することも可能だった。しかも食料は、しっかりと味はあるし満足感も得られる。


「ん~……けど何のためにこの〝Ⅹ界〟はあるんだろうなぁ」


 いや、そのお蔭で九死に一生を得たのだから感謝すべきことだが。

 しかしボックス内にこのような空間がある意味が分からない。何のために存在するのか。存在する以上は何かしら意味があるはずだと思う。


「…………ま、いっか」


 とりあえず考えても分からないので今は保留ということにした。そもそも在って困ることでもないし、それどころかこの空間はメリットしかないのだ。


「でもできないこともあるんだよなぁ……」


 それは自分が生物と認識した存在を現象化することができないこと。


「ただその代わりに――」


 想像した存在が即座にその場に現れた。

 それは巨大な石像。しかし次の瞬間に、ゆっくりとだが確かに身体を動かし始めたのである。歩いたり腕を振ったり、また屈伸などをしてまるで生きているような動きを見せる。


 しかしながら生きているわけではない。これはファンタジー用語で言うと、いわゆるゴーレムと呼ばれるもの。

 命は宿っていないが、主の命令をプログラムとして認識することができて、その通りに動くことができるのである。


 こんな感じで、自動人形とでも呼べる存在ならば創造することができるようなのだ。ただしここで創造したものは、この空間でのみ存在することができるらしく、外へと持ち運ぶことはできそうにない。

 その証拠にボックス内に創造物は記載されていないのだ。これでは現実世界に戻っても、ゴーレムなどを取り出すことはできないだろう。


「まあ、ココで創ったものを現実に持ち出せたら、それこそバグどころか神の御業そのものだしな」


 何せ試してみたが、AランクだろうがSランクだろうが生み出せるのだ。これでは《アイテムボックス》の複製や再生などが意味をなさなくなる。さすがにそこまでのバグっぷりは反映されていない様子。少し残念ではあるが。


「あとはここから出る方法だけど、これも願えばできる……か?」


 そう思い、外へと通じる扉のようなものをイメージした。

 すると目前に幾何学模様が施された重厚な扉が誕生する。そして音を立てて開くと、そこには見知った景色が映っていた。間違いなく先ほど自分がいた路地である。


「お、おお……マジでできたし」


 もう何でもありだなと思いつつ、そこに人気がないことを確認する。どうやらユンダはすでに去った後らしい。

 今なら外に出ても再び襲われることはないはずだ。そう判断すると、躊躇うことなく扉を潜った。


「っ………………戻った……よな?」


 後ろを振り返れば、すでに扉はそこには無い。


「うわ、ていうか地面が陥没してるし」


 間違いなくユンダの一撃によって生まれたものだ。そして周囲には大量の血液と丸鶏の肉片が飛び散っている。


「このままだとマズイ……か?」


 人がここを通れば、いずれ警察が調査をするかもしれない。血液を採取されるのは何となく嫌だったので、すぐさま見える範囲ではあるが血液と肉片を回収しておいた。

 陥没した地面はさすがに元には戻せないので、そこは諦めるしかない。


「そういやユンダの奴はダンジョンの方へ行ったのか? それとも……!」


 ナクルたちの方へ向かった可能性もあると察し、すぐさまスマホを確認してみる……と、そこにはナクルからの伝言が入っていた。

 どうやら無事に水月を家に送り届けて、今も待機中とのこと。すぐに電話をかけてナクルの安否を確かめる。


『――オキくん?』


 その声音を聞いてホッとした。切羽詰まった様子もないし、普段通りのナクルだ。


「ああ、俺だよ」

『そっちはどうッスか? ダンジョンは?』

「あー……」


 結局ダンジョンを確認できていない。どう言い訳をしたものか。

 素直にユンダと一戦交えたと言えば間違いなく心配するだろう。何せこちらは一度は死を覚悟した身だ。そんなことを伝えて心配させることもないと判断した。


「悪いな、途中で腹が痛くなってさ。コンビニのトイレに駆け込んた」

『え? そうなんスか? お腹は大丈夫ッスか?』

「おう、もう大丈夫。ところでナクルは今も九馬さんの家か?」

『はいッス。水月ちゃんは今、洗濯物を取り込んでる最中ッスよ』


 どうやら水月の家に上がり込んでいるようだ。今もユンダに襲われていないということは、彼はダンジョンの方へ向かった可能性が高い。


(アイツ……九馬さんに興味を持ってたのに向かわなかったのか? それともナクルがいたから手を出してない?)


 邪魔者である沖長を始末したから、いつでも水月を利用できると判断し、優先すべきはダンジョンの確認だったのだろうか。それと同時に厄介な組織である【異界対策局】の調査。


 ユンダの考えを読むことは難しいが、今すぐにナクルたちが危険に遭うことはなさそうで安堵した。


(どうする? ダンジョンは……一応遠目でも確認しておくか?)


 当初の目的なので遂行するべきだと思いつつも、そこにいるユンダに気づかれる危険性を考えると躊躇してしまう。いずれ生存がバレるとしても、今すぐにというのは避けたい。


「ナクルは、もうしばらくそこにいてくれ。用事が済んだら俺もそっちに行くから」


 そう伝えると「分かったッス!」と言って通話を終えた。

 すると直後に着信が入ったので反射的に電話に出る。


『沖長くん?』

「その声……蔦絵さん? どうかしたんですか?」

『どうかしたんですじゃないわよ。今どこにいるのかしら? 私はダンジョンが発生した場所の近くにいるんだけれど?』


 ……忘れていた。そういえば蔦絵と合流する予定だったのだ。




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