第155話
明らかにこちらを侮っているユンダを相手に、その隙を突いて最大のチャンスを自ら生み出し自分が繰り出せる最大の攻撃を放つ。
以前回収した石堂紅蓮のオーラの塊を出現させ殴りつけて飛ばす。これはここ最近ずっと練習してきた攻撃方法であり、沖長の中でもっとも威力の高いもの。
ブレイヴオーラではないものの、これだけの至近距離からエネルギーの塊をぶつけられたらさすがの妖魔人といえど一溜まりもないはず。
倒せるとは思っていないが、かなりのダメージを負わせることができるだろうし、それからなら全力で逃げに徹すれば目的は達成できる。そう考えたのだ。
しかし、その計画は無慈悲にも呆気なく潰された。
殴り飛ばしたオーラがユンダに当たる寸前で、急に弾かれたようにこちらに向かってきたのである。
「んなっ!?」
一体何が起こったのかと愕然としつつも、このままでは自分に衝突してしまうと判断し、すぐさま回収して事なきを得た……が、
「がはぁっ!?」
突然走った腹部への衝撃と激痛。小さな身体ではあるが、その影響でか宙に浮いてしまっていた。
気づけば目前に立っていたユンダによる蹴りが腹部に放たれていたのである。
(息が……っ!?)
呼吸すらままならないまま、そのまま地面に落ちようとした時に、髪の毛を掴まれて吊られたような状態になる。
「げほっ、げほっ、げほっ……あぐっ……」
「おやおや、随分と苦しいそうですね。それにしても先ほどの一連の動きは見事でしたよ。私でなければ少なからず負傷していたことでしょうね」
苦悶の表情を浮かべながらも、沖長は微笑するユンダを睨みつける。
「ふむ、これから死んでしまうというのに恐怖の一片も見せませんか。君……本当に子供ですか? まさかと思いますが、十鞍千疋のような呪いを……いや、そんな感じではありませんね。……不思議な童ですよ、本当に」
興味深そうにこちらを観察し始める。
その間にも沖長は必至で思考を巡らせていた。どうすればこの状況を打破できるか。今の攻撃すら届かない以上、もうまともに対抗できる手段はない。しかも捕縛されている状態で自分にできることは何なのか……。
「その顔、まだ諦めていませんね。それとも君はまだ自分は死なないとでも思っているというのですかな?」
「っ……くっ!」
吊らされたまま蹴りを放つが、「おっと」と軽く受け止められてしまう。そして「おいたはいけませんね」と言い、またも腹部に拳を入れられた。
肺の中の空気が一気に吐き出され、髪を掴まれた手で、今度は首をギュッと掴まれる。
「かっ……は……はな……せっ……!」
掴まれている手をどうにかしようと両手で剥がそうとするがビクともしない。
「本当に大したものですよ、君。ここで殺すのが惜しくなるほどに、ね。きっと君ならば以前戦ったあの男よりも強くなる。アレは強かった。勇者でもないというのに勇者に匹敵し得る力量をしていましたね」
あの男というのが誰のことか分からないが、懐かしそうに、加えてどこか羨望すら感じさせる光をユンダの瞳に見た。
「……面白いことを思いつきましたよ」
ユンダはそう言うと、パッと手を離した。自然と地面に落ちてそのまま四つん這いになって咳払いをする沖長。
「これからある試しをしましょう」
……試し? と心の中で疑問を浮かべる。
「今から私が攻撃を放ちます。その一撃は今のあなたでは受ければ消し炭になるでしょうが、もし乗り越えることができれば私は身を引いてあげましょう」
こちらにとっても願ってもない条件だが、まず間違いなくそんな生易しい試しではないはず。
するとフワフワと浮き上がっていくユンダ。沖長は視線を逸らしてなるものかと、腹部の痛みに耐えながらも彼を睨みつける。
「では、生か死か……君はどちらに選ばれる?」
ユンダが右手を天へ翳すと、その腕が膨れるようにして巨大化していく。そして拳を作ると、その拳が黒々とした靄で覆われていく。まるで振動しているかのような音まで発しており、明らかに異質な様相を呈していた。
恐らくそのまま沖長に向けて叩きつけてくるつもりだろう。
(っ……まさかの物理攻撃……かよ!?)
オーラのようなエネルギー体での攻撃ならば回収できるが、肉体での単純な物理攻撃は回収することができない。防御が回避か。二つに一つ。
見るからに凶悪な威力を持つ一撃に対し防御は無謀でしかない。絶対に耐えられないだろう。しかしならば回避といっても、この狭い路地では逃げ場もない。
まさに絶体絶命の窮地であった。
(どうする……どうする……どうすればいい……っ!)
そうこうしているうちに、ユンダの拳が勢いよく振り下ろされた。コンマ数秒で沖長へと届く攻撃。最早防御も回避すら不可能な間合い。
そして凄まじい破壊音とともにユンダの拳が地面を陥没させる。同時に地面や建物の壁に亀裂が走り、その衝撃の凄まじさを物語った
一度の静寂。ゆっくりと上げられる拳。ボロボロと地面の破片が落ちていき、拳の下に広がる光景を見てユンダは失望にも似た溜息を零す。
「…………やはり期待通りにはいかないものでしたね」
そこには夥しいほどの肉片と血液が飛散しており、沖長の姿はどこにも見受けられなかった。
ユンダは地面に降り立つと、陥没した地面を一瞥し踵を返し歩き出す。するとその身体が一回りほど萎むようにして小さくなる。皮膚にも、しわがくっきりと浮かび上がった。
「しかも言葉通り本当に消し炭となるとは……やれやれ、興が削がれましたね。それに思った以上に力を使いましたし、しばらくはまた力を蓄えねばなりません。私としたことが、つい原石を見てはしゃいでしまったようです……これは悪い癖ですね、フフフ。まあ良いです。まだ時間はありますからね」
含み笑いとともにユンダはその場から風のように姿を消したのであった。
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