第154話

「悪いですけど、怪しい人には近づくなってのが親の教育にあるんで」

「それはそれはご立派なことですね。ですが今の状況ではそれも不可能でしょう。こうして君はもう、私の視界に映っている。それは決して逃れられないということと同義」


 直後、凄まじい殺気が身体を突き刺してきて、思わず膝から崩れそうになる。

 しかし何とか歯を食いしばりその圧力に耐えた。


「ほう、やはり興味深い。とても童とは思えないですね」


 これはもう完全に先日から行われている〝オーラ実践法〟のお蔭だった。修一郎のオーラの圧力に耐える修練をしていなければ、今頃は地に伏せていることだろう。

 けれどこの濃密な重圧では満足に動けないのもまた事実。このままでは逃げることすらままならない。


(くそ! コイツの視線に気づいた時、ナクルを巻き込まないようにここまで誘い込んだけど、完全に見誤っちまったな)


 正直いくら妖魔人といえど、大幅な制限がかかる地球内では勝てないまでも隙をついて逃げるくらいはできるだろう考えていた。しかしそれが完全に甘かったことを痛感する。


 自分の判断に対し大いに反省していると、その直後にまたも一瞬で距離を詰められ、目の前に現れた男がその手に持っていたステッキを振り下ろしてきた。

 反射的に身を捻りながら後方へ跳躍して回避し、その最中に千本を取り出して投げつける。


 しかし男は慌てることもなく千本を軽々と手で掴んだ。


「ふむ、竹でできた針? 変わった武器を……いや、そういえば以前このような武器を使っていた者がいたような気が……」


 男が思考に耽っている姿を目にすると、そのまま全速力でその場から離脱しようと駆け出す……が、


「おやおや、どこに行こうと言うのですかな?」


 電光石火な動きで先回りされてしまった。


(くっ……速過ぎだろ!)


 その速度は、修一郎や蔦絵が得意としている《縮地》と呼ばれる技法を彷彿とさせる。一応日ノ部流・初伝の技術なので沖長も習得はしているものの、まだ熟達までには程遠く、男ほどの速度は出せない。


「私の気配を察するほどの鋭い感覚を持ち合わせているというのに、策もなく人気のない場所へ誘い込んだのは少々過信が過ぎましたね」


 その通りだ。反論の余地もない。


「しかしながら私との実力差を感じ取り、すぐさま逃げに徹しようとするのは見事な判断。君くらいの子供ならばムキになって突っ込んでくる場合が多いのですがね」


 そもそも普通の子供なら、今頃泣きじゃくっているか恐怖で震えているかどっちかだと思う。コイツの子供基準がよく分からない。


(いや、そんなことより何とかしてここから逃げないと……)


 最悪殺されてしまいかねない。こんなところで死ぬわけにはいかない。けれどどうやって格上である男を出し抜けばいいが思い悩む。


「しかし残念ですね。童ながらそれほどの力、あなたが勇者ならば大いに利用価値はあったのですが、どうやらその資質はなさそうですな」


 やはり狙いは勇者や勇者の資質を持つ人物らしい。原作で男の勇者は存在していない。つまり性別からいっても沖長にその資質は無いと判断したのだろう。


「仕方ありませんね。これはやはりもう一方に期待させてもらいますか」

「……もう一方だと?」

「フフ、君が私をここに誘い込んだ理由は、彼女たちから私を遠ざけたかったから。違いますかな?」


 つまりここで沖長を始末した後は、間違いなくナクルたちの後を追うということ。


「ただ例の彼女には、あの十鞍千疋が護衛についている様子ですし、少々厄介ではありますが」


 次は水月にその手を伸ばすつもりだが、自ずとその近くにいるナクルまで巻き込まれる危険性は高い。いや、ナクルならば沖長が頼んだ通り水月を守ろうとするだろう。その流れでナクルの勇者としての資質を察するはず。そうなったら何のためにナクルを遠ざけたのか分からなくなる。


「……ナクルたちには手を出させない」

「! ……ほほう、良い気迫ですね」


 もちろん勝てるなどと無謀なことは考えていない。ただ奴の興味をナクルに向かわせないためにも、まだそのベクトルを自分に向けておく必要がある。

 いずれナクルの実力も知られるとしても、少しでも時間を稼いで彼女が強く成長させないと。


 沖長は千本を両手に持ちながら、相手を翻弄するように蛇行しながら距離を詰めていく。そして跳躍したと同時に千本を放つ。


「童にしては素早いですが……無駄です」


 男はステッキを振るい千本を一気に叩き弾く。そのまま沖長は身体を回転させて踵落としを放つ……が、これもまたステッキで防御されてしまう。

 そのまま押し返されたが、その勢いを利用し再度身体を回転させて回し蹴りを繰り出すが、今度もステッキで軽々と止められる。


「ふむ、器用なことをしますね」


 どうやら相手は沖長が見せた連撃に感心しているようだが、それは完全にこちらを格下と舐めていることに外ならない。

 地面に降りると同時に後方へ移動し距離を取って睨みつける。

 男はステッキを軽やかに振り回しながら楽し気に頬を緩めていた。


「今の時点でそれほどの動きができるとは。これはさらに成長したらもっと愉快なことになりそうですな」


 表情は柔和に笑っているが、その瞳は獰猛な輝きを放っていた。


「……ふぅ。おじさんさぁ、強過ぎね? ホントに人間?」

「ハハハ、そういえば名乗っておりませんでしたね。これは失敬。では改めて自己紹介させて頂きましょうか。私は――妖魔人・ユンダと申します。以後お見知りおきを。そちらの名前もお聞かせ願えますか?」

「悪いけど名乗るつもりはない。知りたきゃ勝手に調べるでしょ、アンタなら」

「フフ、名乗ってもらえないのは残念ですが、まあここで死ぬのであればそれも必要ありませんか」

「っ……そう簡単に死ぬつもりなんてないんでっ!」


 そう啖呵を切りながら再び突撃する沖長は、さっきと同じようにユンダに向かって千本を複数本放つ。


「はぁ、同じことが通じるとでも?」


 分かりやすく失望を見せるユンダが千本を叩き落そうとステッキを振るおうとした直後に、沖長がそのステッキに意識を集中させて〝回収〟した。

 当然いきなり消失したステッキに目を見開くユンダ。そしてその僅かばかりの驚きによって生じた隙を突きように、沖長の投げた千本が彼に襲い掛かる。


 ユンダは軽い舌打ちと同時に、腕で咄嗟に顔をガードし千本を受け止めた。刺さりはしたものの、妖魔と同じく大したダメージにはなってないだろうが、沖長の狙いはその視界を一時的にも塞ぐことだった。


「む、どこに……っ!?」


 ユンダが自身の腕をどけたその先にいるはずの沖長を見失う。だが即座に気配を察知した様子で振り返った。

 そこにいた……いや、在ったのは――巨大なオーラの塊。そしてさらにその奥には……。


「油断大敵だっつぅのぉぉぉっ!」


 猛りとともにオーラの球体を全力で殴りつける沖長の姿があった。



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