第147話
ナクルを彼女の自宅に送り届けた後、日も大分傾き暗くなっていたために修一郎が車で沖長の自宅まで送ってくれることになった。
いつものように何気ない日常会話がほとんどだったが、あれから【異界対策局】の者たちが接触していないか聞かれた。先日のダンジョン発生の件で、あの公園にずっと滞在していたら、恐らく会うことになっていただろうが、すぐにその場から離れたので問題ないと修一郎に説明したのである。
向こうにしてみれば、沖長よりも勇者として覚醒しているナクルの方が欲しい人材だろうし、接触するならばそちらが先かもしれない。原作ではすでに組織の一員として働いているであろうナクルだが、原作から大きく外れているため、今後の彼らの動きが読めないのは痛いと言える。
もっとも問答無用に取り込もうとしてきたが、修一郎たちが黙っていないだろうし、沖長だって全力でナクルを取り戻すだろう。
「そういえば修一郎さんは妖魔人についてご存じですか?」
「!? ……まさか会ったのかい?」
それまで柔和な表情だった彼の顔つきが強張るのを見た。
「いえ、そういう輩がいることを十鞍千疋に教えてもらったので」
「ああ、なるほど。彼女が俺たちの知る十鞍千疋なら知っていても無理はないな」
「……やっぱり危険な相手ですか?」
「そうだね。人型の妖魔……自在に地球と異界を行き来することができ、人間社会に自然と溶け込むことのできる知恵や社会性を持ってる。とても厄介な存在かな」
「修一郎さんも戦ったことが?」
「まあね。妖魔の中にも手強い相手はいたけれど、妖魔人は別格だ。ダンジョン主と同じ性質を持ってるから、完全に消滅させるには勇者の力が必要になる。俺では精々足止めくらいにしかならなかったなぁ」
隔絶した力を持つ彼でさえ足止めとは驚きでしかない。もっとも修一郎がブレイヴオーラを扱えたら話はまた別だろうが。
「ただ異界で戦うならともかく、この世界で戦うなら俺たちでも対処は可能だけどね」
「? どういうことですか?」
「妖魔は異界でこそ十全にその力を発揮できるけど、こっちの世界じゃ何故かその強さに制限がかかるようなんだ。中にはブレイブオーラがなくとも討伐できた事例だってある」
そこで長門から聞いた話を思い出す。
妖魔人というのはダンジョンのコアそのものから作り出された存在らしい。コアを取り込んだ妖魔がダンジョン主となる場合が多いが、コアそのものが生体化したもの、それが妖魔人とのこと。
その妖魔人は、いや、妖魔人に限らず異界に住む存在はこちらの世界では弱体化するらしく、その状態ならばたとえ主や妖魔人といえど、コモンオーラだけで十分に戦えるようだ。
「ただいくら制限がかかってるといっても、それでも妖魔人の強さは人間のソレよりも上回る。だから俺たちは仲間たちと力を合わせて戦ったんだよ」
強い個に対して、数の力で対応したというわけだ。
「じゃあ妖魔人とはなるべくダンジョン内で戦わない方が良いってことですよね?」
「基本はね。けれどそれもけっこう難しい話なんだ。奴らは自在にダンジョンブレイクを発生させられるから、そこに引き込まれる危険性が常につき纏う。だからできれば不意を突いた瞬間に一気に高火力で消滅させないと、こちらが圧倒的に不利になってしまうんだ」
「なるほど……想像以上に厄介ですねそれは」
「しかし妖魔人……か。俺たちの時は僅か三人程度しかいなかったけど……今回はどうなんだろうな」
非常に険しい顔つきになる修一郎。それほどの強者が地球を狙っているとするなら、こちらとしては当然ながら数が少ない方が良い。
「こっちの世界にダンジョンが干渉できないようにすることは無理なんでしょうか?」
「あれは自然発生的な、言わば天災みたいなものらしいからね。一応様々な観点から研究はされているみたいだけど、仮にダンジョンからの干渉を拒絶できる方法があるとしても、それを選ぶことは難しいのかもしれないね」
「? それはどうしてでしょうか?」
「ダンジョン内で取得できる素材は、間違いなく国家を豊かにしてくれる。言うなれば目の前に金のなる木があるようなものさ。だから多少の危険があっても、そのまま見過ごす選択を選ぶことに躊躇すると思う。特に他国がダンジョンを拒絶しない限り、その差が開いてしまいかねないからね」
そういえばダンジョンは日本だけに発生するわけではない。今も世界のどこかでダンジョンへの入口が開き、他国の首脳たちがその対応に追われていることだろう。
そしてダンジョンで入手した素材を使って、各国がその発展に利用している。ここで日本だけがその流れに遅れるわけにはいかないというわけだ。下手をすれば他国の強さに飲み込まれてしまいかねないから。
「よくもまあどこの国も諸刃の剣を手にしようと思いますね。俺だったらそれこそ平和を脅かす茨の道でしかないと思うんですけど」
「ははは、沖長くんは賢いな。でも……うん、そうだね。君の言う通り、権力者の考えることは分からないよ。一歩踏み違えば奈落の底に落とされる道を平然と進むんだからね」
そう言う修一郎の表情はどこか物寂しい色を宿していた。まるで誰かを思い出しているような感じで。
「そんなことよりも沖長くん、今後もダンジョンにはできる限り一人で挑まないようにね。挑まないと行けない時は、必ず報告してくれ」
「分かりました」
「ああそれと……ナクルのこともその……頼むよ。あの子はどうも感情で行動することが多いから、後先を考えられる君が見守ってくれていると俺たちも助かる」
「当然です。ナクルは俺の妹分ですから。何があっても俺が守ります!」
「それは心強い。……そろそろ次の段階に入ってもいいかもしれないな」
「? 次の段階?」
「ああ、というより遅過ぎたくらいだね。まさかこの時期にダンジョンが発生するとは思いもよらなかったから」
「は、はあ……」
一体彼が何を言いたいのか分からず首を傾げてしまう。
「それで、次の段階というのは?」
単純に好奇心からそう尋ねると、修一郎は「なぁに、簡単さ」と言うと、頬を緩めたままその言葉を口にする。
「《日ノ部流・中伝》――〝オーラ実践法〟について学ぶことさ」
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