第146話
出会いは四年前。
奇しくも長門と出会った時とまったく同じであり、流れから長門、そして銀河と組んでバスケット対決をした相手であった。まあ結果的に銀河は途中からいなくなり、勝也というクラスメイトが代行したが。
ハッキリ言ってあまり好感が持てない少年であり、試合中も卑怯なことばかりをするガキ大将だったが、沖長は上手く《アイテムボックス》の機能を駆使して勝利を得たのである。
その時まだ小学一年生の子供だった沖長たちに敗北した六年生。てっきりイチャモンをつけてくると思っていたが、意外なことにガキ大将――武太は沖長のことを気に入り引き入れようとしてきた。
当然断ったが、一度欲しいと思ったものは手に入れないと気が済まないようで、実はあれから何度も勧誘されてきたのである。
とはいってもたまに街中で会った時に遊びに誘われたり、武太の仲間たちと紹介されたりと別段執拗にというほどではなかった。
それに現在彼は中学三年生であり、自信過剰で横柄な態度はあまり変わらないものの、あの時のような傍若無人な振る舞いはしていない様子であり、沖長もそれなりに交流をしている相手だ。
「今日は一人なんですか?」
いつも取り巻きが傍にいたりするので、一人でいる時を見るのは珍しかった。
「おう、そっちは……何だ、まだガキのくせして女がいるのかぁ?」
「はは、ナクルはそんなんじゃないですって。ほら、覚えてませんか? 初めて会った時も傍にいたんですけど」
「あぁ? 悪ぃがしょんべん臭ぇガキには興味ねえから覚えてねえわ。やっぱ女は出るとこ出てねえとなぁ」
笑いながら胸が大きいというジェスチャーをする武太。
相変わらず思ったことを平気で口にする人だと苦笑する。ナクルも自分の胸や尻に意識を向けてムッとしているようだ。確かに発育という意味ではナクルは同年代よりは劣っているかもしれないが。
「オキくん、この人なんなんスか! とっても失礼なんスけど!」
「あーほら、一年生の時に俺が羽竹と勝也と組んでバスケットで試合をしたことがあったろ?」
「ん? ……ああ! あの時のぶっとくて汚い人ッスか!?」
ナクルよ……お前もコンプライアンスには気を付けようねと思わず心で呟いた。
「はっ、言ってくれんじゃねえか。まあでもその変わった口調で思い出したわ。あの時の小生意気なメスガキだったか」
どうやら武太も思い出したようだ。というか今どきメスガキなどと平然と口にできるのは武太くらいだろう。
「んなことよりおい、沖長。ここにいるってことはついに俺の傘下に入ることを決めたでいいんだな?」
「そんなわけないでしょう? ていうかここにいるっていう理由が……ああ、そっか。ここは〝大金病院〟でしたね」
武太の苗字は〝大金〟だ。つまりはそういうことなのだろう。
「金持ちのボンボンだとは聞いてましたけど、大病院の跡取り息子だったんですね」
「カカ、別に継ぐ気はねえがな。俺は俺のしたいことをする。それにクソ親父も俺みたいな跳ねっ返りに継いでほしくねえだろうしな。そういうのは妹に任せるつもりだ」
「そういや妹さんがいたんでしたね。何でも外国の学校に通ってるとか」
「まあなぁ。アイツは身体は丈夫じゃねえが、その分頭が切れるしな。あっという間に飛び級して大学も卒業しちまうんじゃねえか?」
それほどかと感嘆する。そういう話を聞いたことは、実際に身近にそういう天才がいることに驚く。しかもそれが力こそすべてみたいな武太の妹というのだから世の中分からないものだ。
「つーかよぉ、俺に用があったんじゃねえなら、何でこんなとこにいんだ? どっか怪我したってわけでもなさそうだし……は! まさかてめえ……そいつを孕ませ――」
「言わせませんよっ!」
「ちっ……ただの冗談だろ冗談」
冗談にしては本当に質が悪い。ナクルなんて「はらま? はらまって何スか? お肉の種類?」と首を傾げていることがまだ幸いと言えよう。
これ以上ふざけた憶測を口にされないように、友人の母が怪我をしたので心配して訪問したということを伝えた。
「ほ~ん、ずいぶん友達思いじゃねえかぁ。…………そいつ、女か?」
「はい? まあ、女子ですけど」
すると「けっ」と不愉快そうに唾を吐く武太。
「この無自覚たらし野郎が」
とてつもなく酷いことを言われた。無自覚でもないし女性をたらしたこともないはずだ。
けれど何故か隣では、ナクルが武太の言うことに賛同するかのようにウンウン唸っている。だから沖長は少なからずショックを受けた。思わず過去を振り返ってみたが、やはりそんな事実はないと自分に言い聞かせていると……。
不意に武太の近くに黒塗りのベンツが停止し、そこから老執事が降りてきた。
「坊っちゃん! またお一人で帰宅されて!」
「げっ、追いついてきやがったか」
老執事が怒り心頭をいう感じで武太に詰め寄るが、当の本人は鼻をほじりながら明後日の方向を向いている。
「あなた様は大金の跡取りなのですぞ! 妙な輩に拉致などされたらどうするおつもりですか!」
「ははん、そんな度胸のある奴がこの街にいるのかぁ? もしいるなら逆に俺の部下にしてこき使ってやるよぉ」
何て剛毅な考え方だろうか。自分が害されることなど鼻にもかけていない。それどころか優秀であれば引き込むという意思表示をしている。
「そんなことばかり仰って! はあ……ジイは頭が痛いですぞ」
「おいおい、あんまカリカリしてっと、そのままポックリいっちまうぜ?」
「誰のせいですか誰の!? ……っと、もしかして坊っちゃんのご友人でございますか?」
「おう、未来の俺の右腕とその嫁だ」
「勝手に決めないでくださいよ。ていうかナクルも照れ臭そうにモジモジしてないでちゃんと否定するようにな」
頬を赤らめながら「ボ、ボクがオキくんのお嫁さんッスかぁ……」と現実逃避中のナクルに注意しておく。恥ずかしいのは分かるが、誤解を生まないようにきちんと否定しないと、あらぬ疑いが広がるので気を付けて欲しい。
もし沖長がナクルに手を出したという話が広まれば、ナクルを溺愛している修一郎が全力の試合をセッティングしかねない。そう、殺し合いという名のだ。
「とにかく坊っちゃん、今度という今度は旦那様に叱って頂きますので!」
「…………めんどくせぇ」
「坊っちゃんっ!」
「あーはいはい。わーったよぉ。つーことで沖長、またな。あ、いつでも右腕は開けておくからよぉ」
そう言うと、カラカラと笑いながら病院へと入って行った。
(まるでカブいてる戦国武将みたいな人だなぁ)
時代が時代なら、もしかしたら天下に名を轟かせていたかもしれないと肩を竦めた。
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