第145話
ナクルと水月のもとへ戻った沖長だったが、彼女たちの傍には他にも数人の人物が増えていた。
「あ、オキくんっス!」
ナクルが一早くこちらに気づいて手を振ってくる。それと同時に、水月や他の者たちも視線を向けてきた。
一人は大人の女性、そして――三つ子。
するとその三つ子の中の一人が、ぱあっと明るい表情のまま突っ込んできたので、優しく受け止めてやった。
「おう、また会ったな陸丸」
「んっ!」
つい先日、水月の自宅で会った男の子だ。
「にーちゃ、あそぼ!」
あの時よりさらに元気が増しているようで、鼻息荒く要求してくる。
「こーら、陸! 病院で騒がないの!」
水月が見かねた感じで注意をすると、陸丸は逃げるように沖長の背に隠れる。
「あはは、陸ったらずいぶんとお兄ちゃんのこと気に入ったみたいだね!」
そう言いながら楽しそうに笑うのは二十代後半ほどの若さに見える女性だ。ここにいるということは間違いなく彼女が水月たちの母親だろう。それにしても若い……いや、若く見えるといった方が正しいか。
大人になった水月が、もう少しサバサバした感じといえばいいだろうか。カッコいい系の大人の女性で頼りがいがありそうだ。
また三つ子のうちの二人は、初めて会う沖長に対して少し警戒している様子で、その女性の背後からこちらを観察している。
ここは自分から自己紹介した方が良いかと一歩前に出た。
「初めまして。水月さんの同級生の札月沖長と言います。よろしくお願いします」
「おやま、随分とできた子だねぇ。ん~水月にはもったいないかも」
「ちょっとお母さん!」
「ははは、冗談冗談! さて、あたしはこの子たちの母親の九馬美波だよ。よろしくね」
どうやらナクルはすでに自己紹介を済ませていたらしく、次に水月から三つ子の紹介をされる。
「左から順に陸丸……は知ってると思うけど、次は海太、最後に空介っていうの。ほら、三人とも挨拶しなさい」
水月に言われて、三人が横並びになりながら興味深そうに沖長を見上げている。そして陸丸だけがその場からまた沖長に抱き着いて「にへへ~」と笑いかけてきた。マジで可愛くて、是非ともお持ち帰りしたい衝動にかられる。
妹分はナクルで事足りているが、弟分はこの子にしようかなと本気で迷った。
また三つ子ならではというか、陸丸と他の子もそっくりな顔立ちをしていて、髪型も一緒の坊主頭なことから一見すると分かりにくいかもしれないが、よく見れば目元や輪郭が少し違っていたりするので判別はできる。
「よろしくな、海太に……空介だっけか」
若干膝を折って目線を合わせながら挨拶をすると、二人は何かを思いついたかのようにハッとすると、
「なあなあ、にーちゃんはねーちゃんのかれしかぁ?」
「チューした? ねえねえ、チューしたの?」
などととんでもない爆撃を放ってきた。同時に瞬間的に顔を真っ赤に染め上げた水月が慌てて二人の口を塞ぐ。
「ちょ、ちょちょちょちょ、いいいいきなり何言ってんのさアンタたちは!? ってか、お母さんもニヤニヤしないでよ!」
慌てふためく水月をよそに、沖長は至って冷静だった。
(最近の子供は恋愛ごとに関心が高いのかねぇ。俺がこんくらい頃は、陸丸みたいに遊ぶことしか考えてなかったけど)
他人にあまり興味がない時代を送っていた気がする。それよりも美味しいものを食べたり、面白いものを見たり聞いたりする方が好きだった。恋愛に興味を持ったのも結構遅くて高校生に入ってから……だったと思う。
「……にーちゃ、ねーちゃとこいびとどうし?」
抱き着きながら小首を傾げつつ陸丸が尋ねてきたので、その微笑ましさから頭を撫でて答えてやる。
「違うぞ。水月姉ちゃんは、俺にはもったいないくらい良い人だしなぁ。きっといつかもっと良い男に出会えるさ」
その言葉の意味を正確に把握できるかは定かではないが、陸丸は気持ち良さそうに目を細めながら「わかったぁ」と口にしている。
そんな沖長を見てホッと息を吐くナクルと、少しムッとする水月に、これまた面白いものを見ているような眼差しを向けてくる美波。
「へぇ……マジでこの子、優良物件かも。水月、アンタ頑張んなさいよ」
「な、何を頑張れってんのよ! お母さんのバカ!」
「「ねーちゃ、うるさい」」
今度は逆に弟たちに窘められ、恥ずかし気に歯噛みする水月という図が何とも愉快である。
それから美波に、心配して来てくれたことによる礼を言われ、良かったらこれから一緒に夕食でもという話になったが、さすがに両親に何も言っていない状態で世話になるのは申し訳ないということから、また今度ということで別れることになった。
水月と陸丸は残念そうだったが、常識ある沖長の言葉に同意した美波が二人を説得をしてくれたので助かった。その代わりに陸丸と遊ぶスケジュールをその場で決められたが。
もっとも沖長も、すでに弟分と化すことを決めた子が求めていることなので否はない。むしろこちらのご褒美でもあるので楽しみだ。
ちなみにいつもなら歩いて帰るが、会社から事故の手当ての一部としてタクシー代が出ているようで、水月たちはタクシーに乗って帰っていく。
それを病院の前で見送った沖長とナクルも、そのまま帰宅しようとしたが――。
「――――おお、お前は沖長じゃねえかぁ」
不意に呼びかけられたので顔を向けると、そこに立っていた人物を見て目を見張ることになった。
恰幅の良いガタイに、吊り上がった目つき。まるで肩で風を切るように威風堂々といった風貌で登場したのは、沖長も見知った人物であった。
「はは、久しぶりだなぁ、おい。ってか、なぁんでこんなとこにいんだよ」
「それはこっちのセリフなんですけど――――武太さん」
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