第144話
水月の母が巻き込まれた事件について、千疋が言うには何者かの手によるものだという。
寸でのところで水月の母を守った千疋は、その後に爆発現場に妙な気配が残っていることに気づいたらしい。
その気配こそ、妖魔が放つエネルギーだったとのこと。
最初はどこかでダンジョンブレイクが発生し、そこから出現した妖魔の仕業かと考察したらしいが、このえに頼んで周辺を調査してもらったが、妖魔らしき存在を発見することはできなかった。
しかしあの気配は、千疋が長年感じ続けてきた妖魔の存在を示すもので間違いないと言っていた。
「――なるほどな。なあ千疋、妖魔の仕業として、なのに何で妖魔の存在を確認できなかった思う?」
「ふむ……考えられるのはあの爆発で妖魔もろとも消失してしまったことじゃのう」
確かにそういうパターンも考えられるだろう。
「他には?」
「他にはそうじゃのう…………姿を消すことのできる能力を持っているとかかのう。いわゆる擬態能力じゃな。じゃがそれでも妖魔ならば、近くにダンジョンがあるはずじゃが、それも見当たらないとすると些か難問じゃな」
妖魔はダンジョン内に存在し、こちらの世界に来るためには亀裂を介してしか今のところ手段はない。それなのに周辺にはダンジョンの亀裂は発見されなかった。故にどこから妖魔が現れたのか、そもそもの起因となる部分が謎めいている。
「…………なら妖魔であって妖魔でない存在だとしたら?」
「? ……! まさか……〝妖魔人〟のことを言うておるのかや?」
彼女が口にした〝妖魔人〟。この存在こそが、沖長が直近で気にしている〝ある存在〟と同一視しているものだった。
ジャンルで分けるなら、間違いなくダンジョン内で遭遇した妖魔なのだが、その見た目だけではなく内包している力量さえも格段に違う存在だ。
〝人〟と呼び名がついていることからも分かる通り、見た目は人型であり社会性を身に着けている者は厄介なことにどこにでもいるような風貌を象っていて見分けがつかない。
奴らは普通の妖魔とは異なり、明確な自我を持ち、自らの意思で地球に来訪することが可能。
「確かに奴らならばワシやこのえが見落としておっても不思議じゃないのう。妖魔人というのは厄介な力を有しておるし、こちらとあちらを好きに行き来することもできる。トラックを爆破させた後、すぐに異界へ飛ぶことも訳はないじゃろう。しかしじゃ、仮に妖魔人の仕業として、トラックを爆破させた理由が分からんぞ?」
千疋が言うには、妖魔人というのは人間の天敵であり、その野望は人間の滅びだという。中には人間すべてを支配し家畜化しようと目論んだ者も過去にはいたらしいが。
とにかく目の前に人間がいるならば、息をするのと同じように軽く皆殺しをしてもおかしくはない。それがトラック一台だけを爆破させて終わるというのは疑問という話。
(まあアイツの目的を知らない千疋が困惑するのは当然か)
沖長の脳裏に浮かぶ〝ある存在〟の目的は、勇者の資質を持つ者の調査とその利用。すべては魔王復活という崇高なる目的のために、勇者を発掘し成長させようとしているのだ。
まず間違いなく、あの時、水月が初めてダンジョンの亀裂発生を目にしたところを見られていたはず。その時に水月に対して勇者の資質を察し、彼女を利用することを計画した。
ここからは原作通りで、水月を絶望に追いやりダンジョンに挑む下地を作るために、家族の支柱である母親を、偶然を装って襲撃したのである。
そのまますんなりといけば、母親は入院することになり、それでも仕事に穴を開けることができないと無理して働いた結果、母親は死んでしまう。そうして残された水月とその三つ子たち。
弟たちのために水月は、〝ある存在〟の甘言に誘惑されダンジョンに挑み、それが最終的に誰もが幸せにならない結末へと辿ってしまう。
すべては長門が言っていたように、今回の事故がきっかけで起こるイベントだ。
しかしそれは沖長の手によって大きく変容を遂げることになった。
水月の母は軽傷であり仕事も普段通りこなせることだろう。これでは水月に絶望を与え、利用することなど到底できない。
つまり原作に描かれる悲劇を回避できたと安堵……したいが、そうもできない状況でもある。
(結局目をつけられたことに変わりはないしな。今後も奴が九馬さんを引き入れようと画策してくるかもしれないし)
今回の一件は何とか回避できたが、それで〝ある存在〟――妖魔人が諦めるとは思えない。
今度は母親だけではなく、三つ子を狙ってくるかもしれない。あるいは水月本人か、その友人に手が伸びる危険性だって……。
(っ……まいったな。ナクルのことも知られちまうな)
原作でも当然主人公であるナクルの存在は妖魔人に知られることになるが、それでも積極的に接触してくるのはもっと後だ。
しかし現状すでに水月と友人関係にあるナクルに、奴が手を伸ばしてくる危険性は高い。
かといってナクルのためにと、水月を見捨てていいわけではない。それは沖長の美学に反することであり、そんなことをすればナクルだって悲しむ。
それにナクルのことも、結局いつかは知られるのだから早いか遅いかの違いだ。なら自分がいつも以上に警戒していればいいだけ。
妖魔人は確かに妖魔とは比べ物にならない力を所持しているが、ある理由により全力を出せないように制限されているので、力ずくでナクルをどうにかすることはできないはず。
だから注意するのは、妖魔人の甘い罠に引っ掛からないようにするだけ。
(ただ問題は九馬さんとその家族だよな)
一番良いのは、この時点で妖魔人を見つけて討伐すること。しかしそれも先ほど述べた理由に繋がっており難しいと言わざるを得ない。
やはり今後もこのえたちの手を借りて監視を続けるのが現実的かもしれない。しかしその都度、千疋に動いてもらうのも気が引ける。いくら彼女の意識的に主従の関係だとしても、それに甘え続けるのは間違っていると思う。
「…………しょうがねえか」
「主様?」
「あ、悪い。ちょっと考え事してた。とりあえず今回は本当に助かったよ。これから九馬さんに少し話さないといけないことがあるから、詳しいことはそれが終わったあとでいいか?」
千疋も沖長に問い質したいことがあるのは理解している。彼女が空気を読んでこの場では尋ねてこないが、協力してくれている以上は話しておくのが筋だろう。
沖長の言葉に「了解したのじゃ」と素直に頷いてくれた千疋と別れ、そのままナクルたちが待っている場所へと戻って行った。
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