第143話

 ――【大金病院】。


 市内で最も大きな病院であり、その歴史も古く根幹を成したのは室町時代に活躍した薬師だという話。大金の血筋は医術に特化していたのか、その腕は確かで難しいとされる症状の多くを回復させてきた実績がある。


 ただ長い歴史の中で、その実力を過信し過ぎた事実が存在し、自身に治せぬものなしと看板を掲げては、膨大な治療費を要求していたとのこと。故に貧乏人には一切救の手を伸ばさなかった。


 その傲慢さが祟った結果か、あるいは呪いか、ある病の治療に失敗したことで、そこから坂道を転がるように地位や名声、そして金を失っていったのである。

 このままでは血筋が途絶えてしまうということで、時の当主はそれまでのやり方を一新し、助けを求める者すべてをほぼ無償で救っていった。


 そして現在、積み重ねてきた贖罪ともいえる先人たちの奮闘のお蔭で市内でも並ぶ者のない一大病院へと名を馳せている。

 そんな病院へと駆け込むのは沖長とナクル。放課後になってすぐにやってきたのだ。


 その理由は、授業中に沖長のスマホに入ったこのえからのメッセージだった。

 内容は、水月の母親が事故に遭ったというもの。

 起きて欲しくない平日に起こってしまった悲劇。そのメッセージを見た直後、沖長は顔色を悪くしたが、昨日の件もありすぐに動くことができなかった。


 休み時間になると、すぐに水月のもとへ駆けつけたが、彼女は早引きしたようで、理由はやはり親の件だったようだ。詳しいことは分からないとのこと。

 そして放課後すぐに確かめるためにこうしてナクルとともにやってきたというわけである。


「――水月ちゃん!」


 病院内に入ると、多くの利用者でこの病院の人気ぶりに感嘆していたが、ちょうど精算機がある手前で水月を発見したナクルが声を上げた。


「!? あれ、ナクルに札月くんも……何でいるん?」


 当然何の連絡もなしにここへ来た二人にギョッとしている。それと同時に「もしかして怪我でも?」とこちらの心配をしてきた。


「いや、九馬さんのお母さんが怪我をしたって話を聞いてさ」


 そう沖長が端的に説明すると、水月は苦笑しながら「そうだったんだ」と答え続ける。


「それで心配して来てくれたん? はは、ありがとね二人とも」

「そんなことよりお母さんの容体は? もしかして……」


 原作通り仕事に差し支えのあるような大怪我でもと思ったが……。


「大丈夫。ちょっと左腕を深く切っただけみたい。何針か縫ったみたいだけど、今はピンピンしてるって」

「そ、それは…………そっかぁ」


 どうやら原作と比べて、傷は負ったものの程度は低くて済んだようでホッとした。何せ原作では入院するほどの傷だったから。


「でもお母さんは?」

「ああ、チビたちと一緒にトイレに行ってるよ。その間にあたしは清算中。はぁ……痛い出費だわぁ」


 まるで子を持つ母親のような溜息を零す水月。

 するとそこから少し遠目の角の方で、こちらを見ている一人の人物を発見した。


「あー……何かホッとしたら急に催してきた。俺もちょっとトイレ。あ、ナクルは九馬さんの護衛ね」

「任せるッス!」

「護衛って……」


 やる気満々なナクルとどこか呆れ顔の水月という対比。そんな二人から離れ、足早に角を曲がると、そこには壁に背をやって待機していた十鞍千疋の姿があった。


「十鞍、聞いたよ。九馬さんのお母さんを助けてくれたんだってな。ありがとな」


 このえから水月の母が事故に遭った時に千疋が手を貸したということを聞いた。


「感謝などよしてくれ。結局怪我を負わせてしもうたしのう」

「いいや、それでも大事にならずに済んだのはお前のお蔭だって。本当にありがとう。十鞍に頼んでやっぱ正解だった」

「っ……そ、そうか。まあ……主様がそこまで言うのであれば、素直に受け取ろうではないか」


 それでも感謝されたことが嬉しいのか、口元が緩んでいた。


「ところでじゃ、主様の言うっておった通り、アレはただの事故なんかじゃなかったぞ」

「! ……どういうことだ?」

「うむ、あの水月という小娘の母親じゃが、菓子の生産工場で働いておることは知っておるじゃろ?」


 それは以前に水月にも確かめているので既知の事実。


「母親の仕事ぶりは真面目で、トラブルなど起こりそうもないほど平穏なものじゃった。しかし母親が休憩に入り外へ出た瞬間それが起きた」

「……一体何が?」

「工場内に収容されていた大型トラックが突如炎上したんじゃよ」

「炎上だって?」


 そしてその結果、トラックが大爆発を起こして、その近くで休憩していた水月の母が巻き込まれたのである。

 咄嗟に千疋が彼女の前に現れ、爆風や爆発物から身を守ろうとしたが、少し遅れたために破片が飛んできて水月の母が怪我を負ったとのこと。


「くっ……ワシともあろう者が、護衛を満足にこなせなかったとは……」


 それは千疋にとって許しがたいことだったようで、悔しそうに歯噛みしている。しかし軽く深呼吸した後に、冷静さを取り戻した彼女は続けて言う。


「主様よ、伝えておきたいのは、そのトラックの爆発は何者かによって引き起こされた可能性が高いということじゃ」

「……そうか」

「やはり主様には心当たりがあるようじゃのう。まあこの依頼をしてきた張本人じゃし当然じゃろうがのう」

「悪いな。一歩間違えば十鞍だって危なかったってのに」

「フフン、気にせんでよい。言うたじゃろう? 主様のためならばワシはこの身をいかなる場所へでも投じることができると」

「十鞍…………ありがとな」

「よいよい。あ、でも感謝しておるなら、そろそろワシのことは親しみを込めて千疋と呼んでほしいのう。前回は無理矢理言わせたっぽい感じじゃったしな」

「え? ……そうだな、感謝してるぞ、千疋」

「!? ~~~~~っ! フフフ、良いものじゃのう。やはり愛しい主に名を呼ばれるというのは」


 心から嬉しそうな笑顔を見せる。その表情は年相応に愛らしく、思わず見惚れるほどの魅力をたたえていた。



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