第142話

 ――翌日。


 沖長は普段より重い足取りで登校していた。

 その理由は、昨日の授業ボイコットについてだ。

 何の連絡も無しに学校から出て行った沖長だったが、当然同じクラスにいるナクルにはすぐにバレることになり心配をかけてしまった。


 沖長のスマホにも数多くのメッセージを送って安否を確認していたが、その間には水月と接触していたこともあり結果的に無視を決め込むことになってしまっていた。 

 当然ナクルだけでなく、担任の先生も沖長を心配し、そのことを親へと報告したことにより被害は広まったと言えよう。


 水月にある程度ダンジョンなどについて説明したあと、一応すぐに学校へと戻ったが、もちろんすぐに生徒指導室へと呼ばれ説明をするはめになった。

 しかも親も呼び出しを受けるという結構な大事になってしまった。

 担任には上手く誤魔化したが、ダンジョンの件であることを告げると、両親は釈然としない様子ではあったが一応納得してくれたのである。


 問題はナクルだ。あれから自分に何の報せもなくダンジョンに向かった沖長に対し涙目で叱りつけてきた。

 慌てていたとはいえ、事前に何の説明もなく消えた沖長が全面的に悪いので謝罪するしかなかったが、水月を助けるためだと言ったら幾分穏やかになってくれが、それでもならば猶更自分も連れていってほしかったと言われた。


 そんな感じで、方々への謝罪とご機嫌取りに尽力したことにより、翌日は精神的な疲れが溜まっているというわけである。

 間違いなく自分の落ち度であるので泣く泣く受け入れるしかないのだが。


 それに沖長はまだ安心しているわけではない。水月が原作ルートに入る流れが切れた確証があるわけではないので、〝ある存在〟への警戒とともに今後は彼女の母親へのフォローが必要だ。


 もしあの場――ダンジョン発生の瞬間に沖長と水月が立ち会ったところを見られていたとしたら、〝ある存在〟が水月を利用するために彼女の母を利用しかねないからだ。


(幸い九馬さんの母親の仕事場は分かってるけど、平日は授業があるしなぁ)


 別に小学生の授業なんて受けなくても成績上は問題ないが、今回のような騒ぎに発展するのは明白だ。二度としないと担任の前でも約束した以上は、同じ轍を踏むわけにはいかない。


(分身の術とかあればいいのになぁ……)


 せっかく回収すれば無限に増えるというバグった《アイテムボックス》があるが、生物を無限化できない以上は、人間もまた増やすことはできないだろう。


(…………ん? そういや自分を回収できるかどうか試したことはなかったっけ)


 当然そんなアイデアを今まで思い浮かべたことはなかった。無意識で生物が無理なので、自分も同じだと認識していたからだ。

 しかしあくまでもこの能力は沖長のもの。もしかしたら使い手は例外になるかもしれない。そんな淡い希望が生まれた瞬間だった。

 となればすぐに試したくなるのも性分である。しかし今は登校中で、周りには他の生徒たちもいるから無理だ。


 そうしてウズウズしながらも学校に到着すると――。


「――おっはよー!」


 元気よく挨拶しながら駆け寄ってくる人物がいた。


「あ、おはよう、九馬さん」


 水月が右手を振りながら嬉しそうな顔を見せてくる。これまではこんな出迎え方をされたことがないので少し驚いてしまった。


「あれぇ? ちょっと元気ない? やっぱ怒られちゃった?」

「はは……まあね」

「そっかぁ……ごめんね。あたしのためにサボったのに……」


 昨日、スマホでのやり取りでもこんなふうに謝罪された。


「昨日も言ったけど気にしないでいいって。俺は俺のやりたいことをやっただけ。それに謝られるよりは感謝される方が良いぞ」

「……うん、ありがとね」


 若干頬を赤らめる水月。こういう素直なところはナクルと同じで好感が持てる。だから原作でも息が合ったのかもしれないと沖長は思った。


「オキくぅん! あ、水月ちゃんもおっはよー!」


 少し遠くから良く響く声とともに走ってくるのは我らが主人公――ナクル。とはいっても現状、その主人公よりも原作キャラと関わっているのが沖長だが。


「おはよ、ナクル! 昨日は心配してくれてありがとね!」


 どうやらナクルは、彼女にも何かしらの言葉をかけていたようだ。電話くらいしたのかもしれない。


「ううん、水月ちゃんが無事ならボクも嬉しいッス!」


 すると水月が興味深そうにナクルを観察し始め、その視線に戸惑ったナクルが「ど、どうしたッスか?」と不安そうに尋ねた。


「あ、ごめんごめん! だって……このナクルが勇者なんだぁって思ったらつい」

「どういう意味ッスか!?」

「こらナクル、あまり大声を出さないの。九馬さんも、その話はできれば人に聞かれたくないから気を付けてくれ」


 二人して沖長に注意されると同時に自分の口を手で塞ぐ姿勢を見せる。その姿が姉妹のように見えて微笑ましい。

 二人から謝罪の言葉を戴き、そのまま三人で校舎へと入っていく。そして水月は自分のクラスへと向かい、沖長たちも自分たちの教室に足を踏み入れた。


(……今日も金剛寺はいない、か)


 休みなのか、重役出勤なのか。夜風から何の連絡もないということは恐らく前者だと思うが。

 授業が始まっても金剛寺が姿を見せなかったので、やはりいまだ絶賛引きこもり中なのだろう。何か動きがあれば夜風から連絡がくるだろうし、それまでは待つことにする。


 授業中、スマホをこっそり確かめるが誰からもメッセージはない。

 実は昨日、同じ転生者であり諜報に長けた能力を持つ壬生島このえに頼みごとをしていた。それは水月の母の監視である。


 何かおかしな動きがあれば報せてほしいとお願いしたのだ。それと同時に、こちらが動けないかもしれないので、できれば水月の母に何かあった際に十鞍千疋に手助けするようにも頼み込んだ。 


 沖長一人でやれることは限られる。小学生の身分では猶更だ。故に誰かに頼るしかないのが歯がゆい。それでも水月の悲劇を避けたいという思いから、二人に頭を下げることにしたのだ。 


 幸い原作を知っているこのえもまた、水月は嫌いなキャラクターではないということで、すんなり手を貸してくれた。千疋も主である沖長の頼みならばたとえ人殺しでもという怖いことを言いながらも引き受けてくれたので感謝を述べた。

 スマホにメッセージが来ていないということは、まだ何の動きもないということ。


 だが安堵したのも束の間、ソレはやってきた。

 スマホに新しいメッセージが届き、その送り主はこのえだったのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る