第141話

 ――【ゆとり公園】。


 現在その周囲は黒スーツを纏った人物たちが陣取り物々しい雰囲気を感じさせていた。

 時折近くを通る住民たちは、何事かと足を止めたり質問を投げかけたりするが、危険物が持ち込まれたと報告があったと対応している。


 ただ実際は持ち込まれたというわけではなく〝発生した〟が正しいだろう。

 何せ公園の中央付近には、異界――つまりはダンジョンへと続く亀裂が生まれているのだから。


 そしてその亀裂の周囲にも複数の黒スーツの人物たちが、まるで何かを待っているかのように立っていた。


 するとその時、亀裂が眩く発光し、そこから人影が現れる。

 その人物は、紫色のパーカーとハーフパンツを着込み、フードで頭部を覆い隠していた。ポケットに両手を突っ込みつつ、口には棒つきの飴を含んでいることから、どこか生意気っぽさを演出させている。


 体格は小学高学年ほどであり、その人物が出てきたことで黒スーツの者たちが揃って姿勢を正すと、


「――お疲れ様です」


 と、一礼をしながら告げた。


「……はぁ。だからアタシ一人でも問題ねえって言っただろうが。ぞろぞろとついてきやがってよ」


 パーカーの人物は明らかに不満そうに言葉を発した。コロコロと口の中で飴を転がしているので、時折聞き辛い口調になっている。


「しかしこれは国家案件ですので。貴重な〝勇者〟であるあなたをサポートするのが我々の仕事ですから。どうかご理解頂きたい――――戸隠火鈴とがくしかりん殿」


 そう淡々と言い放った黒スーツの人物の一人。ここでパーカーの人物の名前が戸隠火鈴だということが判明した。


「サポートっつったって、アンタらが何してくれてるって話なんだけどな。ハッキリ言って鬱陶しいだけだし」


 その言葉に、数人の黒スーツがムッとした表情を見せる。

 ピリッとした空気が走るが、その直後に「こーら、火鈴ちゃん!」と声を発しながら火鈴に近づいてくる女性の姿があった。


 彼女は以前、沖長たちと対話をした【内閣府・特別事例庁・異界対策局】、現場捜査指揮官の大淀あるみである。


「うわ、めんどくせーのが来た」

「まったくもう! 一人で勝手に乗り込んだって聞きましたよぉ! ダメじゃないですか、一人で無茶しようとしたらぁ!」


 あるみが火鈴の目の前で腰に手を当てながら注意をすると、火鈴は言葉通りに面倒そうに顔を背ける。


「確かにわたしたちにできることは勇者のあなたに比べると少ないかもしれませんが、それでもできる限りサポートするつもりなんです!」

「ちっ……うっせーな」

「もう! 女の子なんだから、その言葉遣いも直してください!」

「それはアタシの勝手だろ? ていうか仕事が終わったんだし、さっさと報酬もらって帰りたいんだけど?」

「まったく…………お願いします」


 あるみが黒スーツの一人に顔を向けると、その人物が懐から封筒を取り出してあるみ手渡す。そして受け取った封筒を、今度はあるみから火鈴へと差し出した。

 すると火鈴はサッと奪い取るようにして手にすると、そのままポケットに乱雑に突っ込んだ。


「それより本当にこんな感じで現金を手渡しでいいんですかぁ? 今どきどこも振込みなんですよ?」

「いいんだよ。直でもらった方が安心できるし、何よりすぐに使える」


 振込みだと月の決まった日まで待たないといけない。手渡しの方が、その日すぐに利用できることから火鈴はその方法を望んでいたのだ。


「一応今回のダンジョンについて報告を聞きたいんですけどぉ」

「それならあとでレポートにして提出すりゃいいんだろ。別段いつもと変わったところのねえ〝ノーマルダンジョン〟だったしな。目新しい素材もねえ」

「……分かりました。けれど提出は早めにお願いしますねぇ。いつも火鈴ちゃんってば遅いですし……」

「うっせ。レポート作成とか苦手なんだって言ってんだろ。んなことより次もまた亀裂が発生したら優先的に仕事を回せよな」

「分かりましたよぉ。どうやら今回も怪我もなく無事なようで何よりですしねぇ。本当にお疲れ様でしたぁ」


 あるみがそう言うと同時に、もう用事はないとばかりに火鈴が歩き出す。 

 だが不意に火鈴は、木々が密集している場所に視線を向けた。しばらくジッと見続けていたが、「気のせいか」と軽く肩を竦めると、そのまま公園から出て行った。



     ※



 【ゆとり公園】に発生したダンジョンが攻略され危険が去ると、【異界対策局】の者たちである大淀あるみや黒スーツの者たちもまた撤収していく。


 そんな光景を音もなく静かに見守っていた者がいた。それは公園にある大木の上部。その枝の上にひっそりと立っている。

 身形は英国紳士を思わせるようなステッキを手にしたスーツ姿の男性。白髪オールバックで柔和な顔立ちをしているが、瞳の色は赤く、それでいて蛇のような縦目なので恐怖感を煽る。


「――なるほど。前回とは違い、人間たちは組織だって攻略に臨んでいるようですね」


 野太い声音を発するとともに、男は少しばかり眉をひそめる。


「それにしてもアレが今代の勇者……というわけですか。なかなかに勘の鋭い子のようですが……まだまだ青い」


 そんな言葉とは裏腹にどこか楽しそうに頬を緩めた。


「しかし残念ですね。てっきり攻略するのは、最初に発見した〝あの二人〟かと思われたのですが」


 彼の言う〝あの二人〟とは一体誰を指すのか……。


「……まあ良いでしょう。こちらもようやく時を迎えたのです。せいぜい楽しませてもらうとしますか。それくらい我が主もお許し下さるでしょうしね」


 その言葉を最後に、男はその場から一瞬にして姿を消したのであった。



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