第135話

 この【勇者少女なっくるナクル】という物語において、倒すべき敵と呼べる存在は何か。

 もちろん現代を脅かすダンジョンに住まう妖魔がそれに当たるのは間違いない。しかしながら、妖魔はそもそも何故生まれたのか。何故人を襲うのか。主という存在は一体何なのか。


 原作当初では、その疑問は当然ながら解決しておらず、物語が進むにつれて明らかになっていく。

 妖魔の中には、自我はなく本能のままに襲うタイプもいれば、まるで何かに操られるように行動したり、驚くことに襲ってこないタイプもいるとのことだ。


 そんな敵対者の中で、明確な意思をもって人間を襲う存在もまたいる。

 それがナクルの物語の中で、いわゆる黒幕的な存在。絶対的な悪意を以てナクルたちと敵対する。


「――――〝魔王〟」


 そう呟いた沖長に対し、長門は「そう」と軽く頷きつつ続けた。


「元来勇者と対する存在として描かれる魔王。この【勇者少女なっくるナクル】の物語においても、やっぱり魔王は出てくるんだ」


 勇者といえば魔王。それはありふれた関係性であり、その物語の多くは魔王を討伐することで物語が完結する。

 つまりはそれだけ普遍的なものとなっており、切っても切り離すことのできないコインの表と裏のような存在なのだ。


 そしてこのナクルの物語でも、魔王は存在しており敵対する宿命にある。ただ少し違う部分を上げるとするならば、魔王ではなく妖魔を統べる王――〝妖魔王〟と呼ばれているということ。


 だが先ほど長門が口にした〝あの存在〟というのは、その妖魔王を指していたわけではない。


「君には物語の概要をある程度覚えてもらったけど、妖魔王は過去の勇者との戦いにおいて破れてることは知ってるよね?」

「ああ、けれどそれって修一郎さんたちの時代じゃなくて、もっと前の勇者時代……それこそ初代の時の話だろ?」

「そう……そして妖魔王は実は完全に消滅していなかった。まあ、そこは結構ありきたりな設定だけどね」


 確かによくある流れではある。討伐したはずなのに、実は死んでなくて復活を目論んでいるという話。


「妖魔王を再び復活させるには、ダンジョンが持つ〝コアエネルギー〟が必要になる。それも高品質で膨大な量がね」


 そして〝ある存在〟というのは、その〝コアエネルギー〟を集めている。もうお分かりであろう。そのある存在の目的こそが――妖魔王の復活。


「そういや、その〝コアエネルギー〟を高めるには、ダンジョンの掌握が必要になるんだったよな?」

「うん。この設定は僕も完全には理解できていないけど、どうやら人間――勇者がダンジョンコアを掌握することで、勇者の成長に従ってコアのエネルギーも増えるらしい。そして他のダンジョンコアを再度掌握することでより高密度で高品質なコアへと昇華していく」


 つまりダンジョンをクリアし、コアを掌握すればするほど〝コアエネルギー〟が成長していくということだ。


 〝ある存在〟の目的を早く達成するには、ちまちまと〝コアエネルギー〟を集めている場合ではない。より高品質なエネルギーを莫大に必要としているならば、勇者を利用して時が来た時に回収することが望ましい。 


 だからこそ勇者に目覚めた水月に目をつけ、彼女に近づきそそのかして〝コアエネルギー〟を集めることを優先させた。もちろん彼女には真意を悟られないように、ただダンジョンを攻略することによって、家族を救えるのだと言って騙し。

 一筋の光明に縋るしかなかった水月は、その甘言に飛びついた挙句、結果的に植物人間という取り返しのつかない事態を招いてしまったのだが。


「……ちょっと待て。確か前に聞いたのは、突然九馬さんの前に〝ある存在〟が現れて、ダンジョンについて説明して利用したってことだよな?」


 その質問に長門は首肯した。


「けれどそれが偶然じゃなくて、最初から狙ってたって言いたいのか?」

「ああそうだよ。さっきも言ったけど、二人が対面する前に、九馬水月は一人でダンジョンの亀裂に出くわしている。そしてそこを〝ある存在〟に見られた。そしてその時、〝ある存在〟は九馬水月に勇者の才を感じた」


 以前の説明では、偶然二人は居合わせ、その時が初めての遭遇だったと思っていたが、〝ある存在〟に対しては以前に一度水月を見ていたというわけだ。


「そしてその時のイベントが、九馬さんの悲劇の本当のきっかけってわけか。……っ!」


 ある恐ろしい事実が脳内に浮かび上がり冷や汗が流れる。


(おいおい、じゃあ何か……もしそうなら……)


 信じられない。いや、信じたくないと思いつつも、ソレを沖長は口にする。


「……もしかして、九馬さんの母親が入院したのって……」


 確かめるように長門の方を見る。


「詳しいことは描写されてないよ。ただ……偶然にしては出来過ぎてるってこと」


 彼は肩を竦めながら言うが、沖長は戦慄を覚えつつ口を開く。


「つまり、九馬さんを勇者として利用するために、彼女の母親に怪我を負わせたってのか?」

「……あるいはそれ以上に、ね」

「まさか! いや、そこまでするんだから……そうなんだろうな」


 嫌悪してしまうような想像が膨らむ。 

 原作には明確な描写がなかったというが、そう考えると流れとしてはむしろ自然である。


 仮に勇者の才があっても、現状では水月をダンジョン攻略に誘うのは難しいかもしれない。しかし彼女の日常が追い詰められていればどうだろうか。

 そして家族の日常を守れる力が自分にあると教えられたら? 幸せになれる方法があると伝えられたら?


 悩みながらも結局それに希望を見出しても仕方ないのではなかろうか。

 だからこそ〝ある存在〟は、水月の悲劇を演出することにしたのだ。


 まず母親を入院させて日常への不安を煽り、さらに無理をして衰弱する母親を見せつけていく。そしてその先に母親の死を与え、まだ幼い三つ子と自分一人という絶望の窮地に立たせる。


 そこへ自らが救いの手を差し伸べ、水月を思うがままに操る。それがすべて演出だったとするなら……まさに悪魔の如き所業。


「じゃ、じゃあもし九馬さんがダンジョンの亀裂があるところに出くわしたら……」

「そう、そこから九馬水月の転落人生が始まる」

「いつだ!? いつ九馬さんはその日を迎える!?」


 あまりにも衝撃的事実に、つい声を張り上げてしまった。


「それは分からない。けれど……時期的にもう起こってもおかしくはない。ただ確か……」

「確か!?」

「ちょっと待って、今思い出すから…………」

「早く!」

「分かったから。んーと……確か……そうだ! その日は確か九馬水月は学校を休んでたはずだ」

「? 風邪か何かか?」

「体調を崩したのは三つ子の誰かだったはずだ。その面倒を看るために彼女は学校を……って、おい、どこに行くんだい!」


 長門の言葉を背中に受けながら、沖長は水月のクラスへと走っていた。



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