第134話
――月曜日。
学生にとってまたまた憂鬱な曜日がやってきた。何せ授業の始まりなのだ。これから五日間は勉学に勤しむことになる。特に沖長には退屈でしかない授業ばかりなので苦痛さえ感じる。
早く卒業してせめて中学生になれば、それなりにマシともいえる勉学に入ることとなるので退屈は紛れるだろう。
(もう単純な計算とか書き取りとかマジで勘弁だわぁ)
よくこの四年間めげずにやってこられたと自分を褒めたい。だって足し算や引き算から始まり、ひらがなやカタカナの書き取りを毎日大人がやるとなったら苦行でしかないだろう。今も小学四年生となったとはいえ、やはり低レベルには違いないので、できることなら飛び級したい欲求にはかられていた。
「それなのによく我慢できてるよなぁ、羽竹は」
「いきなり何を言っているんだい?」
現在昼休みの校舎の屋上。そこで通例的な会合を果たしていた。
「いやさ、選択科目は楽しいけど、他の授業がなぁ」
「なるほどね。まあ君の言いたいことは分かるけど、そこは耐えるしかないじゃないか。僕たちは転生者でも一応は小学生だしね」
「そんな正論を求めてたわけじゃないんだよ、ワトソンくん」
「いつ僕がホームズの相棒になったのさ」
そう言いながら愚痴を零す沖長に対し溜息を見せる長門。
「ところで君、最近いろいろ動いてるみたいだけどどうなの? 例の悲劇少女ともお近づきになったみたいらしいね」
「悲劇少女? ああ、もしかして九馬さんのことか?」
「そう、前にも教えた通り、彼女の辿る結末はどう考えても救いはない。もっともそのお蔭でナクルはダンジョンに眠る希望を知ることに繋がるんだけど」
前にも説明した通り、原作では九馬水月はダンジョン主との戦いの結果、大怪我を負ってしまい植物状態になってしまう。
当然友人を救えなかった無力感に苛まれたナクルは落ち込むが、そこで所属している【異界対策局】のある人物からダンジョンに眠る秘宝について聞かされる。
何でもそれを手にすれば願いを叶えることができる、と。
それがもしも本当なら、水月を蘇生させることができるはずと信じ、これまで以上にダンジョン攻略に心血を注ぐことになっていくのだ。
「けど結局九馬水月を救うことはできなかったけどね」
淡々と言い放つ長門に思わず眉をひそめてしまう。
原作では水月が復活する描写はなかった。それどころか……いや、それは今考えても意味がないことであろう。
「……そう考えれば、【勇者少女なっくるナクル】って悲劇が多過ぎない?」
中にはほんわかする話もあって、とてもシリアスな話題だと思えないほどのギャップを感じさせるのだという。
しかしながらナクルの辿る物語のその道中では、数え切れないほどの悲劇が蔓延しており、さすがは鬱アニメと呼ばれているだけあると沖長は思った。
それでもファンが離れて行かず、さらに増え続けていたのは、ひとえにナクルたち登場人物の魅力とそれでも僅かばかりにある救済に心が揺さぶられてしまう人たちがいたからだと長門は言っていた。
「悲劇……か。そうだね、僕もあの子の悲劇は見たくないし、絶対に幸せにするつもりではあるけどね」
彼の言うあの子とは、もちろん彼が前世から推し続けているリリミアというヒロインだろう。ただだからか、リリミアが関わらなければ、原作に介入するつもりが一切ない。
金剛寺銀河や石堂紅蓮のように、暴れてかき乱さないことはありがたいが、たとえ他のキャラが悲劇に見舞われても見て見ぬフリをすることができる長門なので、そこらへんはどうにかならないかとも思っている。
(まあ羽竹からすれば、俺はお節介野郎、あるいは偽善者に見えるのかもしれないけど)
それでも知ったなら無視することはできない。とりわけナクルが介在しているのであれば猶更である。
「君は多分、九馬水月を救うつもりなんだろ?」
「救うなんて大それたことじゃないけど、できれば悲しい結末にだけはしたくないって思うな」
「よくもまあそこまで思い入れのない相手に尽力できるね」
「そういう性分ってだけだって」
「……まあ、そうでもなければ子供を庇って死んだりしないか」
「! ……もしかして知ってたのか?」
「いいや、鎌をかけただけ。あんなお人好しな行動をして死ぬのは、転生者の中じゃ君くらいだろうし」
「えらい言い草してくれるな。あれはただ身体が勝手に動いただけだし」
「それでも普通はそうならないよ。君だからこそだと僕は思う」
そんなことを言われても、本当に考えて行動したわけではなく、気づけばその行動を取っていただけの話だ。
「あの時、バスジャックされた日のことは忘れたくても忘れられないよ」
「そう……だろうな」
実際沖長だってそうだ。あんな鮮烈過ぎる経験なんて普通ないだろう。しかもそれがきっかけで転生したのだからより記憶に刻み込まれている。
「もっともそのお蔭で、希望に満ちる日を心待ちにできているけれどね。……まあ、僕のことはいいとして、九馬水月を救うつもりならあまりのんびりできないんじゃない? 彼女の悲劇のきっかけは――」
「ああ、母親の入院だろ?」
「……そうだけど、少し話していなかったことがあるんだ。だから本当のきっかけは別にある」
「! ……何だって?」
聞き捨てならないことに思わず瞠目する。
「というかあまり興味ないキャラでもあったから失念してたって言った方が正しいかもね」
「どういうことだ? 母親の入院の前に何かイベントが?」
「イベント……というほどの規模ではないけど、九馬水月はある日、ダンジョンの亀裂を発見してしまうんだ」
「ダンジョンの亀裂を? もしかして中に入るのか?」
それなら大したイベントのはずだと思ったが……。
「いいや、中には入らずに怯えて逃げてしまうんだけど……」
「何だよ、もったいぶらずに言えって」
すると長門が空を見上げながら口を開いた。
「その逃げ帰る瞬間を見られてしまうんだよ。例の――〝あの存在〟に、ね」
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