第129話

 ――日曜日、午後一時。


 日ノ部道場での午前修練が終わった後、沖長は急いで汗を流し身支度を整えて帰宅していた。

 午後から遊ぼうというナクルの誘いを断ってのことだったから、ナクルが寂しそうに「何か用事でもあるんスか?」と尋ねてきたので、「ちょっとな」と言うと、ナクルは怪し気に追及してきた。


 だが時間も限られていたこともあって、説明は今度なと言い放ちそそくさと自宅へと走ったのである。


 そして昼食も食べずに、そのまま動き易い服に着替えてから再び外出した。目的地へと急ぐと、そこにはすでに待ち人が立っていた。

 約束の時間まではまだ十分もあるが、その人物はいつも待ち合わせには十分以上前に到着しているので、今日もまた例に漏れずにその場にいたのである。


「――すみません、また待たせてしまったようで!」


 到着してすぐに、その人物に向かって謝罪の言葉を放つ。


「ははは、もう沖長ってば、アンタはいっつも謝ってばっかりね」


 朗らかに笑う彼女の名は――金剛寺夜風。以前もこうして待ち合わせをした過去を思い出し、確かにと沖長もまた苦笑いを浮かべる。


「習い事があったんでしょ? それに待つのは嫌いじゃないし、これはアンタへのお礼のためだもん。気にする必要ないわよ」


 そう、夜風の言う通り今日のこの待ち合わせの理由は、銀河の件での礼ということらしい。

 先日、夜風から夜中に出かける銀河について相談を受け、その悩みを解決するために沖長は動いた。結果的に銀河が夜中に出かけることがなくなったが、それ自体は沖長は何もしていない。それどころか現状引きこもらせた原因を作った張本人である。


 それでも夜風から、相談に乗ってくれた礼として美味しいものをご馳走するということで、最初は遠慮したものの、少し強引に攻められたこともあり了承するに至ったというわけだ。

 これで夜風が納得するなら別にいいかと気軽に受け入れた次第である。


「夜風さん、今日はずいぶんと大人っぽい感じなんですね?」

「え、そ、そう?」


 どちらかというとサバサバ系でラフな格好が多い夜風。それは小学校時代でも、中学に入った当初でもあまり変わらなかったのだが、現在の風貌は若干変化を果たしていた。


 涼し気な水色と白を基調としたワンピースで、靴もスニーカーではなく薄い桃色のパンプスだ。立ち姿がどことなく令嬢のような雰囲気さえ感じる。


「はい、とても綺麗で似合ってると思いますよ」

「~~~~~~っ!?」


 瞬間、顔を赤らめた夜風が、何故かコツンと沖長の頭を叩いてきた。反射的に「痛っ」と口にしたが、軽かったので別に痛みはない。


「フ、フン! 生意気なのよ、まだ小学生のくせにっ」


 そう言いながらそっぽを向く彼女。もしかして怒らせたかなと首を傾げていると、


「ほら、早く行くわよ!」


 そう言いながら沖長の手を取ると歩き出した。どうやら怒ってはいない様子なのでホッと胸を撫で下ろした。



     ※



 一方、去って行く沖長と夜風を見守る二つの人影がいた。


「むむむぅ……オキくんってば、慌ててたから心配して来たッスけど……」

「ふむふむ。札月くんのそばにいる人ってもしかしなくても夜風先輩? うわぁ、オシャレになったなぁ」


 一人はナクルであり、明らかに不機嫌な様子を見せており、もう一人は九馬水月で、こちらは久々に見る同じ学校に通っていた先輩を見て感嘆の声を上げていた。

 午前の修練が終わり、いつもなら昼食をナクルの家で食べる沖長が、それを断り急いで帰宅しようとしていたのでナクルは理由を尋ねたのだ。


 返ってきた答えが明確なものだったなら、それほど気にすることはなかっただろう。しかし曖昧な返答をした沖長に対し、何か心配事でもあるのかと思い、こっそり後をつけた。

 そしてそんなナクルを発見したのが水月である。何か面白そうだとついてきたわけだ。


 実はこの二人、調理実習室で初めて会話してから度々一緒に昼食を取ったり放課後に帰ったりと親密度を深めていたのである。元々相性が良かったのか、打ち解けるのが早く、今ではナクルにとって大事な友人となっていた。


「ねえ、ナクル? もしかして二人って付き合ってんの?」

「つ、つつつつつ付き合ってるぅっ!? だ、誰と誰がッスか!?」

「何でそんなに慌ててんの? いやだから、あの札月くんと夜風先輩がなんだけど」

「そ、そんなわけないじゃないッスか! だってあの鈍感朴念仁のオキくんっスよ!」

「うわぁ、言うねぇ、ナクルってば」


 ナクルにとっては沖長という存在は特別だ。最早家族とでも呼べるほどの仲であり、お互いを大切に想い合っていることは分かっている。

 ただ沖長はナクルを可愛い妹分として接しているのに対し、ナクルはまた違った感情を彼に抱いてはいるが。


「そういえば札月くんって幼馴染なんだよね? はは~ん、ナクルってばもしかして札月くんのこと好きなのかなぁ?」


 本人はからかうつもりで言葉を発したつもりだったようだが……。


「もちろんッスよ!」

「え? あ、あれ?」

「ボクにとってオキくんはとっても大事な人ッス。これは間違いなく愛っス!」

「そ、そうなんだ……そっかそっかぁ、愛かぁ。ナクル……思った以上に大人なんだね」


 どこか達観した感じで呟く水月。


「そんなことより早く追いかけるッスよ、水月ちゃん!」

「え? でも……いいのかなぁ。ほら、マジでデートだったら悪いしさぁ」

そんな水月の言葉に、「デートッ!?」と声を上げて凍結するナクル。

「あれ? おーい、ナクル? ナクル? ありゃりゃ……固まっちゃった」


 ナクルの目の前で手を振るが、彼女は反応をしない。どうやらそうとうショックを受けたようだ。


「…………あ、二人が行っちゃうよ?」


 すると一瞬で凍結が解け、ナクルはハッとしながらまるで忍者かのような動きでもって沖長たちの後をつけていく。


「はやっ!? ていうか待ってよぉ、ナクル~!」


 こうしてナクルによるスニーキングミッションがスタートしたのであった。



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