第128話

「――――アイツが引きこもった、ねぇ」


 アイツというのは金剛寺のことである。 

 先日、銀河に呼び出されたが、その時に気絶させて記憶を回収させてもらった。銀河の家族に対する真意を知り、それを夜風に伝えるつもりだったからだ。


 結果的に銀河は、心の底から今世の家族を拒絶しているわではなく、ただ単に遅めの反抗期が非常に長引いているだけのことだった。

 故に緩和するまで時間を置いた方が良いのではというアドバイスを夜風には送っておいた。夜風もまたどこか納得するところがあったようで、その日は礼を言われて終わった……が、それから三日後、またも夜風からの相談があったのである。


 それは銀河が自室から出てこないということ。

 最初は「疲れた」「しんどい」「熱っぽい」などと発し学校を休んでいたらしい。家族は風邪でも引いたのかと、それほど大きく捉えていなかった。 


 しかしいつまで経っても部屋から出てこないことに心配して声を掛けたりするが、その都度、「関係ねえだろ!」「放っといてくれ!」などと逆切れのような対応をされたとのこと。


 両親はまさか学校で虐めにでも、という考えを持ったが、それをすぐに夜風が否定する。学校の有名人であり、大勢の女子たちを侍らせて人生を満喫している銀河がそのような状況に陥るわけがないし、夜風の伝手でもそんな様子は微塵もなかったと話す。


 なら一体何が原因でということになり、夜風やその伝手からの情報でも詳しいことは分からなかった。だからまた沖長を頼ってきたのである。


(引きこもった原因については多分アレだな)


 沖長には心当たりがあった。というよりも原因は沖長自身によるものに間違いないはず。

 あの日、銀河から記憶を回収した時に、記憶を彼に戻すと同時に、彼から再びあるものを回収しておいたのだ。


 それは――金剛寺銀河の転生特典である。


 沖長は自室のベッドの上で《アイテムボックス》の画面を開く。 

 するとそこには――。


S 究極のナデポ(金剛寺銀河の転生特典)3

S 究極のニコポ(金剛寺銀河の転生特典)3


 さすがは神から与えられた能力だと、Sランクという表記を見て納得した。

 しかもこの能力、どちらも凄まじいまでの強制力を有しており、使い方によったら無双できるほど強力なものだった。


 それと同時に、何故銀河が大勢の女子たちを侍らせていたかにも説明がついた。

 この《究極のニコポ》という能力は女子限定ではあるが、対象に微笑みかけるだけで洗脳状態にすることができるらしい。それは年齢問わず、しかも動物相手でも通じるようで、たとえ相手に意中の男性がいたとしても問題ない。まさに銀河が願うハーレムを作るためにあるような能力だった。


 ただ制限もあるようで、テキストによれば傍にいれば効果は続くものの、一定の距離を取れば、洗脳状態は一時間ほどで切れるらしい。

 しかしその惚れている間の記憶は、効果が切れた時に混乱が起きないように都合の良い記憶で保管されるとのこと。何とも便利というか、女子にとっては悪魔的能力である。


 こんなもの使いようによっては犯罪のし放題である。何せ操作された女性は、たとえ効果が切れても嫌な思い出として残ることはなく、その身体を好き勝手にされる危険性があるのだから。


 それでも欠点を上げるとなれば、どうやら原作に出てくる主要人物には効かないということ。あと血が繋がっている家族も同じように。

 だがだからこそ銀河が何度もナクルの頭を撫でたり微笑みかけても、彼女には通じなかったのだ。この事実を銀河が知っていたのかは分からないが。


 そしてもう一つ、《究極のナデポ》という能力もまた非常識極まりない力を持っていた。これは対象物に触れて撫でることにより、対象物に命令を実行させることができるのだ。

 これは実際に回収した後に試してみた。


 そうすると思いのほか、対象物が指示通りに動いてくれて驚いたものだ。

 例えばベランダに昆虫であるバッタがいたので、捕まえて能力を発動させた。そして踊ってみろという命令を飛ばすと、その直後にキレッキレのダンスを踊り出したのである。


 これを動画にとって配信すれば間違いなくバズる程度には凄まじい光景だった。他にも、野良猫に試してみたが、これも見事に指示をこなしたのだ。

 さらにこの力は無機物にも効果があり、蛇口に対し十秒ごとに水を出して止めてを繰り返せと指示を出すとその通りにしたし、鉄柵に曲がれと言えばそうなった。


 ただ生死に関わることや、物理的に有り得ない現象だけは無理であり、例えば生物に死ねと命じてもダメらしく、質量を瞬間的に変化させることも不可能だった。

 とりあえず《究極のニコポ》よりは、使い勝手が良いので複製して今後もいつでも使用できるようにしておくつもりだ。


 これで沖長としては戦いの手札も増えるので万々歳というわけだが、回収したことにより能力を失った銀河は気が気ではなかっただろう。

 これまでこの能力を駆使して好き勝手に生きてきたはずだ。それが突然失ったことで目の前が真っ暗になったと思う。


 もし彼がこの力を悪用していなければ、沖長も回収するつもりはなかった。しかし彼は女子たちの心を強制的にコントロールするという暴虐を行ってきていた。銀河のことだから、これから先もどんどんエスカレートしていき、それこそ取り返しのつかない事態を招きかねないと判断し回収に踏み切ったのである。


 銀河一人が不幸になるだけなら別にいい。しかし彼の不幸は結果的に大勢を巻き込んでしまう。そうなれば夜風ももちろん、ナクルまでもが被害に遭う危険性だってあった。だからこの機に彼を無力化することにしたのである。


 ただ銀河にとっては、この力は選ばれた者の証明だったはず。転生者として、神に授けられた天与の能力を振るい、この世界でハーレム王にでもなるつもりだったのだろう。 

 その野望が突如崩れてしまい、何が何だか分からず結果的に自宅に引きこもることになった。


(俺としてはそのまま舞台から退場してくれればありがたいんだけどなぁ)


 問題は夜風への対応だ。弟が塞ぎ込んでいることを良しとする人ではない。たとえどれほど愚劣なことをしていても、彼女は実の弟を見捨てるような女性ではないのだ。

 沖長もまた、でき得るなら夜風を悲しませたくはないので、今後の対応に少し困惑中といったところ。


「とはいっても、能力を戻してもアイツは何も変わらないだろうしな」


 能力が戻った直後、すぐにでも能力を乱発するに違いない。そしてまた好き勝手なことをして夜風たち家族に心配をかけてしまう。


「アイツが力ってものをちゃんと理解できるようになったらいいけど、今の状態じゃな」


 だからハッキリ言って彼に力を戻すつもりは今のところは皆無だ。今後、彼の心が強く正しく成長すれば分からないが。

 ということで、沖長はしばらく様子を見ることを決め、夜風にも今はそっとしておいた方が良いというアドバイスを送っておいた。




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