第127話

 最初は照れてツンツンしているだけなのかと思っていた。いや、今でも思っているが、それにしても一向にデレが来ないことが不思議だった。

 何故ならこの能力は当然良好な結果を得ていたからだ。


 《究極のナデポ》は、この手で撫でるだけで、銀河の指示を実行してくれるのだ。しかもそれは老若男女問わず、さらには無機物にまで有効だ。例えば鍵が閉まっている扉に向けてやれば、扉が勝手に鍵を開けてくれるといった具合に。


 そして《究極のニコポ》は、イケメンスマイルを繰り出せば、女子限定ではあるが自分に惚れるといったもの。

 この最高で最強の能力は、これまで何度も試して成功を得ていた。それなのに何故かナクルはこちらの指示を受け付けないし、惚れた様子も見せないのだ。


 いや、確かにナクル以外にも効かない相手はいる。それは両親と姉だ。ただこれは血が繋がっているせいという推測が立つのであまり深くは考えなかったし、姉に惚れられても前世を思い出して気持ちが悪くなるだけなので別に通じなくても良かった。


 だからもしかしたら、誰かの精神支配を受けているのではと推察したのである。そしてその疑惑は、一人の少年――札月沖長へと向けられた。


 当初は転生者がナクルを手に入れようと近づいたのかと疑った。しかしどうもナクルの物語についても知ら無さそうだし、典型的なモブであると判断した。二次小説にもよくあるが、オリジナル主人公を作ると原作にはないキャラクターが出てくるパターンが多いのだ。


 それをイレギュラーと呼び、物語においては大した役割を持たないモブとか、オリジナル主人公の踏み台として存在する。だからきっと沖長という存在は、銀河がさらなる高みに登るために生まれた奴か、ただ単にバタフライ効果のような現象で誕生したモブ。


 だから最初こそ沖長の存在に警戒したが、どうせそのうち物語の舞台から消えると確信していたから積極的に消そうとはしなかった。

 しかし一年、また一年と、いつまで経っても沖長の存在は消えない。それどころか徐々に存在感が増しているような気がしてきた。勉強も運動もできて、教師や生徒たちからも一目置かれている。


 何よりもナクルが沖長を慕う姿を見る度に怒りが込み上げてくる。だから沖長よりも上に立って、ナクルの目を覚まさせるために奮闘した。何かにつけて勝負を挑み、沖長もまたそれを面倒臭がりながらも受けた……が、結果は銀河が敗者の烙印を押されるだけだったのである。


 何故あんなモブに勝てないのか。踏み台のはずだ。他の転生者やイレギュラーは、すべて銀河を輝かせるための糧になる存在でしかない。それなのに何をやっても上手くいかない。

 ナクルの目を覚まさせたいのにできないもどかしさ。いいや、ナクルだけではない。最近では同じ原作キャラである十鞍千疋や九馬水月も、沖長と仲良く接している状況を目にした。


 一体この世界で何が起きているのか。あの札月沖長という存在は何なのだ。

 銀河の能力で虜にしている女子はともかく、男子の多くは沖長を認め、弟の味方であるべき姉の夜風すら沖長と自分を比較してこき下ろしてくる。


『沖長を見習いなさい!』


 いつもそんな言葉を放たれ、その度に苛立ちが増す。あんな奴と比べていい存在ではないのだ、自分は。何せオリジナル主人公として転生した選ばれた人間なのだから。

 だがそんな銀河の思いを覆すかのように、現実は悉く裏目へと進んでしまう。


 こうなったらもっと力を得る必要がある。そうして圧倒的な力を手にし、問答無用で沖長という存在を押し潰してやろう、と。

 原作知識において、この時期に最も利用価値のある存在といえば、国家占術師の天徒咲絵である。彼女を手にできれば国家権力を手にしたのも同然。


 それに彼女の未来視の力を駆使すれば、常に沖長の先を歩くことができる。銀河が常に立場として上だということを知らしめることが可能だ。

 その力があれば、ダンジョンも簡単に攻略できるはず。そうして力をつけて、モブだろうが転生者だろうが捻じ伏せやる。


 そう思い皇居に住まう咲絵に会いに行ったが…………失敗に終わった。


 何故こうも思い通りにいかないのか。


〝俺は祝福された存在のはずだろ!〟


 そう何度も叫んだ。しかし現実はまったくもって上手くいかない。

 せっかく大好きな世界に転生したというのに、これでは何の価値もない人生を歩むことになる。それは嫌だった。

 今度こそ自分は、誰からも認められる存在になるのだ。


 そのために何をするべきか。そう考えた時、やはり自分の脳内に浮かび上がるのは沖長だった。

 アイツを超えることで、絶対的な自信が身に着くはずだと判断し、校舎裏に呼びつけ叩き伏せてやるつもりだった。


 しかし気づけば大地に倒れ伏していたのは銀河だったのである。

 どうやら気絶していたようで、目が覚めたら木陰で横たわっていた。周りを見渡すが沖長はいない。どうやら逃げたみたいだ。


「……そうだ。アイツは逃げただけだ。俺が負けたわけじゃねえ!」


 立ち上がり吠える。あんなモブに負けるなんて有り得ない。


「次だ。次は絶対に俺が……」


 そう決意を言葉にしていると――。


「あれぇ? 銀河くんじゃん」

「あ、ほんとだー。どうしたの~、こんなところで?」


 不意に声をかけられ、視線を向けると見知った女子生徒が二人いた。何てことはない。前に《究極のニコポ》で手に入れた女子たちだった。

 ちょうどいい。このストレスを彼女たちとイチャつくことで癒そうと思い、いつものように笑顔を浮かべて近づく。


「いやぁ、ちょっと日射しが気持ち良くて寝てたんだよ」

「何それぇ? 銀河くんってそんなキャラだったけ?」

「きゃはは、ウケるかも~」


 これは好感触だ。このままさらに力を使ってメロメロにしてやろう。そう判断し、彼女たちに向けて全力で微笑む。


「そうだ。これから俺の家に来ない? 美味いスイーツをご馳走するけど?」


 これで決まり。彼女たちの目はハートとなり、銀河の思う通りに……。


「あ、ごっめーん。今日これから用事あるんだよ」

「わたしも~」


 …………………………………………え?


 素っ気なく「またね~」と言って離れていく女子たち。

 想像だにしていなかった結末に、思わず固まった銀河。


(ど、どういうことだ? 断られた? 俺が?)


 今までそんなことなかった。ナクルなどの原作キャラはともかくとして、モブとして宛がわれた女子たちに誘いを断られたことはなかったのだ。 

 それがたとえスケジュールが埋まっていても、緊急事態時でも、銀河が望めば女子たちはそれに従った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「「ん?」」


 去って行く女子たちに慌てて駆け寄る。


「どうしたの、銀河くん?」

「そうそう、何か用事?」

「あ、えっと……ほら、ドーナツ好きだって言ってただろ。来てくれたらいっぱい食えるぜ?」


 そう言いながら、今度は彼女たちの頭を撫でてやる。

 今度は《究極のナデポ》を使って彼女たちを誘う。これなら間違いなく――パシン!


「……は?」


 どういうわけか、手を叩かれたのだ。


「こーら、女の子の頭に気安く触れちゃダメだよ!」

「そうだよ~。そういうことすると嫌われちゃうよ~」

「っ……ど、どうなってんだこれ? 何で……俺の言うことを聞いてくれないんだ?」

「「?」」


 困惑している銀河を不審な者でも見るような目つきをした女子たちは、逃げるようにその場を去って行った。

 いまだに整理が追いつかない銀河は、すぐさまハッとして地面に手を触れて撫でる。


「ほら、動け! 動けよ! 穴を開けてみろ!」


 これまでは命令通りに地面が動いた。しかし今はウンともスンとも言わない。 

 そしてそこで初めて認識せざるを得なくなった。


「……力が…………使えなくなった」



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