第126話

 金剛寺銀河にとって異世界は憧れの舞台であった。

 前世時、とあるネット小説サイトから始まった異世界ラノベブーム。そこからは各レーベルがこぞって異世界もののライトノベルを世に送り出した。


 当然中には鳴かず飛ばずの作品もあった。いや、どちらかというとそのほとんどが埋もれていくだけの物語ばかり。

 そしてその中には大ヒットを打ち、世界にまでその名を轟かせるような怪物へと成長した作品だってある。


 そんな異世界ラノベブームの中、金剛寺銀河もまたのめり込み、多くの作品に目を通した。そして誰もが夢見る程度には、自分が異世界に行ったらという妄想を通過している。


 異世界を舞台とした物語でも、ある程度はジャンル分けがされている。そんな中で銀河が好んで読んでいたのは異世界転生でのハーレム冒険譚だ。

 前世はとりわけ取り柄もない、普通の人間が転生し異世界で第二の人生を歩むことになる。そんなありふれたコンテンツの中でも、転生時に神様からチートをもらって、異世界で美女美少女と触れ合いハーレムを作りながら、最強の男として勝ち組人生を送る。


 そんな非現実的な妄想を銀河をしていた。とはいってもさすがにそんなことがあり得ないとも理解できるくらいにはまともだったといえる。

 理想と現実に大きな隔たりがあるなんて当然だと認識できていたからだ。


 ただ他の男子たちと違うのは、高校三年生になっても異世界ラノベへの情熱が収まらなかったことだろう。そして自分でも異世界転生ハーレム妄想から小説へと昇華させ、WEB小説サイトに投稿していた。


 ゆくゆくは編集者からスカウトがきて、自分もデビューしたいと思うようになった。しかし現実はそんな甘くなく、銀河の描く世界は特筆したものがなく、あまり他人の嗜好を刺激することがなかった。


 良くも悪くも普通。どこにでもある設定と最強主人公。ヒロインを窮地から救い出しては惚れられ、次第にハーレムが形作られていく。

 目新しさのないそんな話に食いつく者はおらず、銀河の小説が日の目を見ることはなかった。


 そんな厳しい現実を前に、銀河は完全に拗らせてしまうことになる。

 もう高校三年生なのだからと、現実を直視させてくる親や姉が鬱陶しくなってきたのだ。別に仲が悪かったわけではない。ただ自分の思う通りにいかない現実にストレスが溜まり、それまでどちらかというと良い子として過ごしてきた反動からか、遅めの反抗期が到来したのである。 


 家族の吐く言葉一つ一つに苛立ち、アクセス数の伸びない自分の小説に怒りさえ覚えた。


〝何で俺には才能がないんだよ!〟


 世の中、結局は才能がモノを言う。勝ち組になれるのは、生まれつき決まっているのだと悔しさに塗れていく。

 不貞腐れ、好き勝手する銀河に対し、それでも見捨てずに声をかけてくれる家族には、心のどこかで申し訳なく思いつつも、やはり表ではぞんざいな扱いをしてしまう。


 特に四つ上の姉は優秀で、何でも卒なくこなせるタイプであり、そんな姉からの注意は親以上に鬱陶しかった。才能がある姉には無能の弟の気持ちなんて分かるわけがない、と。


 だから反発し、現状から脱却することができなかった。もうこうなったら意地だった。

 諦めろという身内からの言葉が間違っていることを証明したくて、何が何でも勝ち組になってやるとサイトに投稿し続けた。


 しかし結果は散々たるもの。アクセス数はさらに減っていき、とうとう誰一人呼んではくれなかったのである。

 だったら設定を既存の物語をオマージュした作品ならどうかと、現在大人気アニメである【勇者少女なっくるナクル】に似た世界感に、転生したオリジナル主人公が無双するというストーリーを描いた。


 本来なら少女たちだけにスポットライトが当たる物語ではあるが、その中に一つの男子を入れることにより自分が望むハーレムを描けることができるし、幸いにも異世界ファンタジーのような仕様もあり描き易くかった。


 実際に原作自体も面白く、異世界ものにハマる前から嗜んでいたこともあり、どんどんアイデアが溢れてきて書いていて楽しかった……が、世間の評価は銀河から沸きたつ熱を急速に冷ましていく。


 パクリ。二次小説でしかない。描写力皆無。原作に謝れ。

 などなど、痛烈な批評しか書かれなかったのである。


 悔しくて、歯がゆくて、惨めで。それでも自分が間違っていることを認めたくなくて。


 加えて、いまだに煩く言ってくる身内の存在が鬱陶しくて、半ば家出同然に外へ飛び出した。

 そしてそれが自分にとって転機となる。


 勢いのままに乗り込んだバスがジャックされ、あれよあれよという間に、気づけば銀河はその命を落としてしまっていた。

 あまりにも唐突な人生の終了に絶望していたが、銀河にとってはまさしく奇跡のような瞬間が訪れたのだ。


 神が目の前に現れ、驚くことにあの【勇者少女なっくるナクル】の世界に転生できるというのだ。これは自分に与えられた褒美だと疑わなかった。

 これまでずっと我慢し続けてきたことが報われたのだと。故に神には自分が望む力を欲した。少し誤算だったのは、他にも転生する連中がいたことだが、どうせ自分と違い脇役にしかならないのだから哀れだなとしか思わなかった。


 そうして次に気づけば自分は金剛寺家の長男として生まれ変わっていたのである。しかもイケメンであり、どうやら望んだ力も得ている様子。これは勝ったと心の底から震えた。


 ただ気に入らなかったのは、家族構成が前世と同じということ。真面目だけが取り柄のような両親と、曲がったことが嫌いな優秀過ぎる姉。だからか、育ててもらっている恩義は感じつつも、どこかで鬱陶しさは消えなかった。


 特にいつもうるさく言ってくる姉――夜風にはうんざりしている。それでも神から授かった能力が本物であることを確かめられた時は、自分が選ばれた勝ち組だと確信することができて、姉の存在なんて人生の僅かなスパイス程度にしか思わなかった。


 何せこれから自分は、この最高の物語の中で、誰よりも最強な男としてハーレムを作り上げるのだから。そう考えると楽しみで仕方なかった。

 だから原作知識を必死に思い返し、重要なイベントを逃さないように注意しながら過ごしていく。そうして原作主人公であるナクルを見た時は心が躍ったものだ。 


 ――だが、その感動も彼女の傍にいるイレギュラーたちによって払拭した。


 中には自分と同じ転生者と思わしき者もいて、他には二次小説にはありがちのイレギュラーな存在も。それでも銀河は、コイツらが自分を輝かせるための踏み台と認識した。

 そうやって自分は成長し、唯一無二で最強の男になるのだと。


 しかしどういうわけか、どれだけ力を尽くしても思う通りに事が運ばない。ナクルに至っては、神から授かった超常的な能力――《究極のナデポ》と《究極のニコポ》を行使したというのに、まるで効いていない様子なのだ。



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