第130話
「そういえば夜風さん、あれから金剛寺はどうですか?」
引きこもってからしばらく経つが、学校でも有名人が突然来なくなったことには騒ぎになっていた。
銀河の能力で虜にされていた女子たちは、その効果は切れたものの、例の都合の良い記憶補完によって、仲の良い友人程度には留まっていることからやはり心配している様子だ。
それに対し多くの男子たちはどこかホッとしているというか、嬉しそうな感じで日々を過ごしている。中には金剛寺が侍らせていた女子たちとこの機に仲良くなろうと近づく連中もいた。
実際銀河がいる時は、近づいたところで拒絶されるのが確定していたから、男子たちはこぞって挑戦をせずに泣き寝入りのような状態になっていたのである。
ただ沖長にしてみれば、まだ小学生なのにそんなに女子と親密になりたいかと時代の変容さに驚いてはいる。
前世では男子というのはどちらかというと女子を忌避とまではいかないまでも仲間として認めていない風潮があった。男子同士でつるみ、花よりも団子というか遊びに夢中になっていたような気がする。
端的に言えば女子と接することが恥ずかしいという男子の情けないプライドがそうさせているのだろうが、それを無しにしたとしても、色気よりは娯楽を優先する男子の方が多かったと思う。
しかし現代では、ジェンダーレスという言葉も広まり、性別に固執しない者たちが増え、女子だろうが男子だろうがともに遊ぶ風潮になっている。それが恋愛感情なのかは置いておくが、やはり時代が進むにつれて男女の在り方も変わって行っている証拠なのだろう。
「そうね、大人しいものよ。気味が悪いくらいにね」
毎日女子を傍に置き、休日は女子と出かけ、何かしら問題行動まで起こしていた銀河だったが、その度に夜風はどうにかしないとと頭を悩ましていた。
このままではいずれ愛に狂った女から、あるいは嫉妬を爆発させた男に刺される未来しか見えず、弟のそんな悲劇は見たくないと素行を改めるように言ってきたのだ。
だが何度注意したところで聞く耳は持たないし、押せば押すだけ反発してくる始末。それが〝家族面すんな〟発言に繋がるのだが、奇しくも現状は夜風が望む状況にはなっている。少なくとも他人に迷惑をかける行為が収まっているのだから。
しかしその代わりに家に引きこもり、家族の心配は払拭することはないが。
(それでも見捨てないってことは良い家族だと思うけどな。それをあのバカも分かってりゃいいけど)
このご時世、自分の子供を虐待し、その結果殺してしまう事例が増えている。昔と違い若い夫婦が増えたことで、親としての自覚が薄くなってきているのではと専門家たちは分析しているようだ。
望まない妊娠の末、中絶することもできずに子を授かり、大変な子育てで自分の時間を奪われ疲労が溜まり結果、最悪な手段を講じてしまう。
沖長にしてみれば、子供を授かりたくないならセックスなんてするなよと言ってやりたい。一時の快楽を優先し、後々に起こるリスクを考えない連中が多い。
そして自分たちでは子供を育て切れず、放置したりその命を断とうとする者が出てくる。まったくもって身勝手で救いようがない。
出産なんて命のリスクもあるし、女性にとっては人生において重大でかけがえのないイベントのはず。だからこそ将来のことをちゃんと考えて欲しいと思う。特に男性は、女性よりも比較的リスクが低いのだから、先々のことを見据えて行動をしてもらいたい。
とまあ、現代の風潮に文句を言ってもしょうがないのだが、何が言いたいかといえば、理解のある家族のもとに生まれた幸運を、銀河はもっと感謝すべきだってこと。
下手をすれば見捨てられ、取り返しのつかない事態を招くことだってあるのだから。
(まあ、だからこそ甘えてるんだろうけどな)
家族の優しさに甘えているとしか思えない。それは銀河が妄想に等しい勘違いをしていたからに他ならないが、そろそろ現実を見て過ごすべきだ。
この世界は彼が好き勝手蹂躙していいものではないし、生きていれば理不尽なことや思い通りにならないことを経験する方が多い。
その中で支えてくれる人を見つけ、その人たちを大切にしながら過ごす。それが生きるということなのだから。
「早く出てくればいいんですけどね」
「まあこっちとしては大人しくなってくれて助かってるけどね。それでも……やっぱり気にしちゃうけど」
弟思いの優しい彼女のことだ。銀河がどうなろうと見捨てることはしないだろう。いつかそんな姉の優しさに銀河が気づけばいいと心から思う。
「何か俺にできることがあったら言ってくださいね」
「沖長……いいの?」
申し訳なさそうに尋ねてくる。
「夜風さんの頼みですから。俺はあなたがいつも元気に笑ってる方が好きなんで」
「!? そ、そう……へぇ、ふぅん」
何故か背中を向けられてしまった。怒らせるようなことは言ってないと思うが。
すると夜風がクルッと振り向き様に、トンッと人差し指で沖長の額を突いた。
「ったく、ほんっとーに生意気に育っちゃって」
「え、ええ?」
「きっとナクルも苦労してるわね、うんうん」
「何でナクルの話が……?」
どちらかというとナクルの言動に気遣っているのはこちらだと沖長は思っている。何せあの子は人を疑うということを知らないので、誰かに騙されたりしないかと不安になっているから。
「なーんでもないわよ! ほら、あそこの店、入るわよ!」
駅前に最近できたカフェ。そこが目的地だった。
しかもそこには――。
「うわぁ~、初めて来た…………猫カフェ」
そう、そこは数多くの猫が出迎えてくれるカフェであり、興味あったけれど実際に足を運んだことがなかったので感動している。
「沖長ってば、猫好きでしょ? だからちょうどいいかなって」
「あ、ありがとうございます! おぉ、しかもマンチカンやロシアンブルーもいる。それにベンガルまで、かっこいいなぁ」
動物全般好きだが、前世で猫を飼っていたこともあって、またいつか飼いたいと思っているのだ。
そこかしこから愛らしい鳴き声が響き、それだけで心が癒されていく。
店員に席を案内されて奥のテーブルへ。そこで互いに紅茶とスコーンを頼む。すると足元に温もりを感じ確認すると、一匹の猫が擦り寄っていた。
「だ、抱っこしてもいいですか?」
店員に聞くと、笑顔で「どうぞ抱っこしてあげてください」と言われ、沖長は足元にいる子を優しく抱き上げた。
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