第123話

「………………結局何もできずに放課後になってしまった」


 これがナクルなら、たとえ男子相手でも気軽に誘うのかもしれないが。どうしても沖長は大人としての経験があるからか、いくら子供相手でも余計とも思われる思考に傾いてしまいがちだ。


(今日が選択授業日だったら良かったのになぁ)


 同じ授業に出ている上、そこで連絡先を交換したこともあり、流れでいろいろ情報を聞き出せたかもしれない。


(まあ、選択授業があるのは明日だし、それまで待つか)


 どうかコミュ障のヘタレとか言わないでほしい。これはただ単に積極性が低い草食系男子というだけだから。


「オキくん、さっきからぼ~っとしてるッスけど、どこか具合でも悪いッスか?」


 自分の席に座って呆然としている沖長に、ナクルが心配して声をかけてきた。


「いや、自分の不甲斐なさに無力感を覚えてるだけだから」

「? ……意味分かんないッスけど?」

「気にするなって。んじゃ、帰るか」


 そうして席から立ち上がった直後、「おい」とまた別の人物が声をかけてきた。視線を向けるとそこには、相変わらず不機嫌そうな様子を隠しもしない金剛寺が立っている。


「何か用か、金剛寺?」

「話があるんだよ。ちょっと面貸せよ」


 まるで一昔前の不良の呼び出しみたいだとつい思ってしまった。まあさすがに体育館の裏とは言われていないけれど。


「オキくんに何するつもりッスか?」


 そこで当然のように黙っていられないナクルが立ちはだかる。


「っ……悪いけどナクル、男同士の話があるんだ。どいてくれ」

「男同士ってどういうことッスか? また乱暴なことをするならボクは――」


 ナクルはそう言いながら身構えたが、沖長が「いいよ」とあっさり返事をしたこともあり、ナクルが唖然とする。


「ちょ、ちょっとオキくん、いいんスか!?」

「話くらい別にいいさ。だからナクルは先に帰っててくれ」

「ま、待ってるッスよ!」

「いいっていいって。どんだけ時間かかるか分かんないしさ」

「むぅ……」

「はは、そんな顔しないの。じゃあまた明日な」


 そう言って頭を撫でてやると、不満そうにしながらもどこか嬉し気なナクル。


「おい! いつまでくっちゃべってんだ! さっさと来いよ!」


 ナクルと仲良くしている光景を見せつけられ怒気交じりに声を上げる金剛寺に対し、沖長は「はいはい」と軽く返事をして教室から出て行った。

 前を歩く金剛寺は黙ったままだ。一体何の話があるのか。それともやはり実力行使に出るのか。


(ちょうどいい。こっちも聞きたいことがあったしな)


 だからこそ素直に彼の要求に従ったのだ。

 途中女子生徒たちが、金剛寺に黄色い声を送って、それにスマイルを浮かべて応えている。女子生徒たちは反応してもらって喜んでいる様子。まるでアイドルそのもの。


「……誰彼構わず笑顔を振り撒いて疲れないか?」

「! ……うるせえよ」


 低い声でそう言うが、表情は笑顔のままだ。

 どうやら金剛寺本人もまた自分がアイドルのような振る舞いをしていることは理解しているようだ。もっとも彼がそれを嫌がっているのかは分からないが。


 目立ちたがり屋で自尊心の高い彼のことだ。こうして持ち上げられて悪い気分ではないだろうが、実際誰かと付き合っているという話は聞かない。やはり彼の目的はナクルだけを手に入れることなのだろうか。


 そうでなければ今頃大勢の女子と付き合っていてもおかしくはない。それともナクルだけではなく、原作キャラを含めた全員がターゲットなのか。


(そもそもコイツにハーレムを運営できるだけの器量があるとは思えないんだけどな)


 ライトノベルなどでもよく題材として扱われるハーレムもの。あれは物語だから成立しているのであって、実際現実に直面すれば大変だと思う。

 一人の人間に想いを注ぐだけでも大変なはずだ。それが二人や三人、さらにはそれ以上ともなれば並大抵の器量では受け止めきれないだろう。


 女子同士で衝突することもあるだろうし、平等に対応するにしても、やはり時間や質などがまったく同じに維持するのは極めて難しい。ほぼ不可能に近いだろう。

 その中でまったくのトラブルもなしにハーレムを運営するなんて無理だ。それこそ序列などを決め、江戸時代の大奥のようなシステムを活用しないと間違いなく破綻を迎えると思う。平等なんて創作物の主人公だからこそ成り立つご都合主義なのだ。


(すぐにキレるし、男子を差別するし、大人に対しても横柄な態度。そんな奴に大勢の女子たちを受け入れる器があるとは思えないよなぁ)


 なのに今も彼はモテているのは事実。それは見た目もそうだが、やはり気になるのは彼が何かしらの能力を使用しているという予想だ。

 もちろんただ見た目だけがカッコ良いからと寄ってくる女子たちもいるだろう。しかしそれまでは見向きもしていなかった女子が、金剛寺と軽く接しただけでゾッコンとも呼べるような状態になるのはさすがにおかしい。


(羽竹は、金剛寺が精神的に干渉する系の能力を持ってるって言ってたけど、実際は分からないよな。ただそれが俺にも通じるかどうかってのは重要だ)


 とはいってもそこは比較的安心している。もし沖長にも効果的ならば、この四年の間で絶対に行使されているはずだからだ。しかし今のところ沖長自身に、何かされた覚えはない。


 ということは金剛寺の能力は精神に干渉するものではあるが、それが通じない対象も存在するという事実。そして恐らくはそれは男だろうと推察している。

 となれば当然男子である沖長は、金剛寺の能力に関しては気にしなくてもいい……が、


(ナクルにも通じてない様子なんだよな。これはどういうことなのか……)


 金剛寺にとってナクルはもっとも手に入れたい対象のはず。だとするなら能力を駆使して、他の女子のようにその心を掴むに違いない。しかしナクルにも不自然なところは見当たらない。それどころかどちらかというと嫌われている。


 すると金剛寺が立ち止まった。どうやら思考に耽っている間に、金剛寺の目的地まで到着したようだ。

 人気の少ない校舎の裏側。二人きりで話す分には十分な環境だろう。


「それで? こんなところで話って何だ?」


 その問いに対し、金剛寺が振り向き様にあろうことか拳を振るってきた。




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