第122話
――翌日。
今日も今日とて普通に学校の授業があり、退屈さを紛らわせるために沖長は思考に耽っていた。
その内容は、昨日このえから伝えられた金剛寺の件である。
夜風から相談事を聞いて力になりたいと思い、このえに金剛寺の調査を依頼した。何でも夜中に金剛寺は皇居の周辺をウロウロしているという情報から、その中に侵入するのが目的らしいことが分かっていた。
そして金剛寺が、いよいよ皇居に侵入を試みたらしいが、結果的には失敗に終わったとのこと。
このえからの情報では、敷地内に入ることはできたものの、黒装束を纏った人物によって一瞬で気絶させられたらしい。目が覚めた金剛寺に、説教に似た脅しを受け、その人物によって強制的に帰宅させられたという話だ。
沖長はチラリと教室の真ん中の席に視線を向ける。そこにはうつらうつらと眠そうにしている金剛寺がいた。見たところはいつも通りだが、彼はまだ侵入を諦めていないのだろうか。
ただ大分恐怖を与えられたこともあり、それがトラウマになっている可能性も否定できないが。
これが恐れ知らずで傍若無人な赤髪少年こと紅蓮ならば、そんなこと知ったことかと、自分の目的を達成するためにしつこくチャレンジしそうだが、金剛寺に関していえばどこかヘタレな部分もあるので、これで逃げ腰になったということも考えられる。
夜風たちからも大分と説教を受けたらしいので、できればこのまま大人しくしてもらえたら嬉しいのだが。
(それにしても黒装束の人物……か)
これもこのえからもたらされた情報ではあるが、どうやらその人物もまた原作に登場するキャラクターらしい。
しかも最近何かと話題に出ていた天徒咲絵の護衛役。その力量は随一で、勇者にすら匹敵するほど。間違いなく今のナクルでは勝てないとのこと。
(仮に蔦絵さんと同等以上なら、俺だって勝てないしなぁ)
もちろん《アイテムボックス》を活用すれば勝機を見出すことはできるが、普通に戦ってもまず勝てないだろう。何せ向こうは国家が認めた護衛であり、本物の戦場を経験している猛者でもあるらしいから。
(それに〝護衛忍〟、ねぇ)
護衛忍――原作の設定では、皇族を守護するために育てられた忍びらしい。その血脈は昔から受け継がれており、最強の護衛という名を背負った者たちである。
その実力は下忍、中忍、上忍と格が上がるごとに強くなっていき、上忍ともなれば一つの武力組織を単独撃破できる程度だという。まさに一騎当千の強者といったところだ。
そして天徒咲絵を守護する護衛忍は、当然ながら上忍でありその名を――黒月。できることなら敵対しない方が良い相手だとこのえから注意を受けた。
(戦闘力もさることながら変装術や隠密力も高レベルらしいしな。確かに敵に回すのは厄介極まりないわ)
これぞ忍者とでも呼べるような外見と実力といえる。
確かにそんな相手が守護する領域に、何の策も無しに突っ込んだところで阻まれるのがオチだ。
沖長としても、蔦絵と咲絵を会わせてあげたいと思っていたこともあり、そうなれば必然的に皇居内に足を踏み入れることになる。なので護衛忍の情報はありがたかった。
ただそれと同時に困難さが増したことも意味して溜息が出る。
(これは正式な手続きを踏んだ方がまだ可能性はあるかもなぁ)
もっとも向こうが拒否すればこれまた意味がなくなるけれど。
(でもここでも忍かぁ。勇者やら忍やら、まさか魔法使いとか出てこないよな?)
何だかフラグが立ちそうな気がしたので、すぐに考えを捨てた。
(とりあえずこれで金剛寺が諦めてくれれば、夜風さんにとっては安心できるだろうけど)
もう少し様子を見守る必要はあるだろう。それも申し訳ないが、このえに頼むことにした。何か動きがあったら報告が来るようになっている。
これで一旦金剛寺の件については置いておくとして、目下気になることがもう一つ。
それは時期的にそろそろ次のダンジョンが発生すること。
長門からの情報では、そのイベントには例の九馬水月が関わってくる。彼女の母親に不幸が訪れ、そこから水月の悲劇の物語がスタートしていく。
(こっちもできれば何とかしたいな。長門に相談するか? いや、アイツに推しに関わらないキャラはどうでもいいみたいだしな。このえには金剛寺のことで世話になっててこれ以上世話になるのも……)
ここは原作知識を活用して、沖長だけで動いてみることにした。
幸いまだ時間はある。しかし自分たちのようなイレギュラーがいることで、原作通りに進むとは限らない。それはこれまでのことからも推察できる。
(となるとなるべく急いだ方が良い……か?)
水月の人生が転がって落ちていくきっかけとなるのが、母親の他界である。そしてそれに繋がるのが、母親が仕事場で怪我を負うこと。
まずはその怪我を防ぐことが先決になってくるだろう。
(ああでも、さすがに仕事先まで分かんねえぞ)
どんな仕事をしているのか知らないのだ。これは原作でも語られていないようで、長門に聞いても「知らん」の一言だった。
母親の仕事場が分からなければ、怪我を未然に防ぐことも難しい。
(やっぱそこは九馬に聞くしかないか。……怪しまれないようにしないとな)
いきなり君のお母さんの仕事って何? それってどこ? とか聞くのは非常に怪しい。下手をすれば警戒されて二度と近づけなくなる。
知らない仲ではないし、何気ない会話の流れから聞き出すことが望ましいだろう。
そうと決めればさっそく動こうと思い、次の昼休みにでも会いに行こうか。幸いなことに連絡先を交換しているから、事前に予約を入れることもできるはず。
そう思い授業中ではあるが、水月にメッセージを打った。内容はもちろん昼休みに会わないかということなのだが……。
(……いやいや待て待て。良く考えれば、いきなり会いたいとかおかしくね?)
まだ一度しか会って話したことがないのだ。それなのに突然会おうぜというのは、まるでチャラ男のやり口に見えないだろうか。いや、偏見かもしれないが。
ただ常識的を自負する沖長にとっては、今までこんな感じで女性を誘ったことがないので身体が固まってしまった。
気軽に誘えば向こうもあっさりと承諾してくれるかもしれないが、何だか気があるようにも見えるし、そのせいで警戒されるかもしれない。
(考え過ぎか? いやでも、俺だったら警戒するし……けどやっぱり考え過ぎってことも……)
そうこうしているうちにチャイムが鳴り授業が終わった。
そして結局誘えなかった自分に、思わず大きな溜息が零れ出たのである。
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