第121話

「あのクソ親父…………どうせ今もあの子を放って仕事ばかりしてるはずだわ……!」


 呟きながら全身からメラメラと怒りの炎を上げている蔦絵。ハッキリ言って超怖い。


「つ、蔦絵さん、落ち着いて!」

「! ……ふぅ。少し取り乱しましたね。ごめんなさい」


 冷静さを取り戻してくれてホッとするが、すぐに蔦絵が自嘲するように顔を歪める。


「もっとも……あの子から離れている私も父のことは言えないけれどね」

「……会いたいですか、その妹さんに」

「もちろんよ。けれど……半ば逃げ出すように出てきた私を、多分あの子がは怒っているでしょうね」


 父との確執によって勢いのままに飛び出してきた蔦絵は、伝手を頼って修一郎に世話になったという形だ。

 父である七宮恭介はともかくとして、妹の咲絵とはいつも一緒にいて仲が良かったため、今でもはやり会いたいという気持ちは強い。


「嫌われてもいい……けれど会って謝りたいわ。そしてできるなら今度こそあの子の傍で……」


 その先は言わなくても伝わってきた。それほど大事なら何を捨てても会いに行けばとも思うが、家庭事情が複雑ということもある上、咲絵の立場も立場なので難しいのかもしれない。

 何せ相手は国家が誇る占術師であり、その存在は公にされず秘匿されているのだ。家族といえど簡単に会うことができないらしい。


(羽竹の話じゃ、国家占術師がいるのは皇居ってことだけど……やっぱ狙いは天徒咲絵かもなぁ)


 不意に皇居という言葉から連想されたのは、最近持ち上がってきた問題だった。


「……あの、蔦絵さんの妹さんはどこにいるんですか?」

「恐らくは……皇居よ」

「恐らく?」

「たとえ家族といっても、その所在地は教えてもらえないのよ。ただ先代であるお婆様も皇居を拠点としていたらしいから」


 なるほど。情報が漏洩して、賊によっての拉致、あるいは暗殺されることを防ぐためだろう。


(まあ実際は皇居の地下深くらしいけど……そこにずっと監禁されてるんじゃ息が詰まるのも無理ないよなぁ)


 しかも気軽に他人と接触もできないとなれば、たとえ生きていくだけに不便はなくとも、人が恋しくて気が狂うことだってあるかもしれない。


「……よく妹さんが国家占術師を引き受けましたね。俺だったらそんな窮屈なのは嫌です。たとえ欲しいものを与えられても、それで生を実感することはできないと思います」


 居場所を特定されないように、人と……いや外への繋がりを断ち切る生活だ。恐らく安全面を考慮されてネット環境も不備となっているだろう。

 生来から何もない場所で育ったのなら、外の魅力も知らず我慢できるかもしれないが、幼い頃は普通の子と同じ生活をしており、それが突然外界と遮断された生活を送る。


 なまじ外を知っていることが、より孤独感と寂寥感が襲い掛かるはず。そんなのは沖長とて耐えることなどできない。

 だからこそよくそんな仕事を引き受けたと不思議に思う。


「もちろん私は反対したし、あの子も最初は首を縦に振らなかったわ。けれど……あの子はお人好し過ぎるから」


 国の偉い人や父に嘆願され、渋々といった感じで受け入れたということだろうか。

 そして一度引き受けた以上は、身勝手に逃げ出すことは許されない立場であり、国家を背負うという重責に押し潰されそうになりながらも、今も一人で頑張っているはずだと蔦絵は言った。


 咲絵も渋々ということは、乗り気ではなかったはず。恐らく国家占術師を引き受ける際に随分葛藤したと思われる。何せ監禁状態となり、家族ともおいそれと会えないようになるのだ。そんな選択をするなんて普通では有り得ないだろう。


(もしかしたら、そこらへんの事情は伏せられていたのかもしれないけどな)


 政治が絡む話だ。この世界にも子供を騙す汚い大人だっている。とりわけ政治の世界なんて、国家のためにということを免罪符だと勘違いして好き勝手している連中だって蔓延っているだろう。


 当時咲絵は九歳。転生者でもない彼女の判断力や思考力は、そう高いものではないはず。そこを大人たちが彼女の人柄を突いて納得させた可能性だってある。

 もしそうだとするならば許せる所業ではない。沖長だったら、身内を犠牲になんて絶対にしないし、そんなことをする奴の人間性を疑う。


「……お父上は反対されなかったんですね」

「そうね……あの人はダンジョンに強い執着心を抱いているから」


 それはどこかで聞いた話に似ていた。


(……! 確か今の総理大臣もそうだって話だっけ)


 修一郎たちが活躍した時代、良くも悪くもダンジョンという存在に運命を変えられた者たちが多い。

 様々な出会いや別れの果てに、ダンジョンに大いなる価値を見出した者たちも存在する。その一人が総理大臣であり、七宮恭介なのだろう。もっとも当人たちが抱える真意は分かりかねるが。


「どうやったら妹さんに会えるか分からないんですか?」

「そうね。父ならその方法を知っているだろうけど、素直に教えてくれるとも思えないし、会えば戻って来いの一点張りになりそうだしね」


 つまり他の方法を模索するしかないというわけだ。


(皇居の地下……か。さすがに真正面から行くわけにはいかないだろうな。警備も厳重だろうし、地下って言っても俺一人じゃ、詳しい場所とか知らないし)


 それこそ原作を知っている者の知恵を借りる必要があるだろう。

 ただ咲絵をそこから連れ出せたとしても、その先にもまだ問題は続く。当然国家が取り戻そうとするからだ。下手をすれば反逆罪という名目で拘束してくるかもしれない。

 どこかに身を隠しても、そんな追われる生活が蔦絵たちにとって幸せに繋がるとは到底思えない。


(これは……羽竹や壬生島にも意見を聞いてみるべきかも、な)


 そしてキリが良いところで話を終えた。ナクルを起こしてシャワーを浴びてから、両親が迎えに来るのを待っているとスマホが震えた。

 どうやらこのえからのメッセージが入ったようで、確認して思わず「え?」となる。


(金剛寺が……皇居侵入に失敗した?)




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