第120話
「ほれ、ナクル元気出せ」
「うぅ……最近……一本も取れないッス……」
少し前まで取れていたものが取れない。それは自分が停滞していると錯覚してしまっても仕方ないだろう。実際ナクルは強くなっているし、少しずつでもブレイヴオーラだって発せられるようにはなってきている。しかしそれ以上に蔦絵の成長度合いが高いだけ。
(原作じゃ蔦絵さんは死んでたしなぁ。けど生きてたらこんなに強くなるのは確かに物語としては扱いどころが難しいかも)
主役よりも目立つ存在の扱いは難しい。それが敵キャラならば立場が違うので問題ないが、味方側でしかし近しい位置にいる存在であれば、作者としては扱いにくいキャラになりかねない。
(まあ、物語に食い込んでくる味方の最強キャラってよく序盤に死んだり、登場した瞬間にやっぱり死んだりするしなぁ)
それは主役を食ってしまう性質を持つ危険性があるからだ。だからよく主役が強くなるために踏み台として扱われたり、その時点で絶対に勝てない敵と一緒に自爆させて物語を進行させる流れを作る。
(これでもし蔦絵さんが勇者に覚醒したら、いよいよもってこの人だけで物語が完結しそうだな)
それほどまでの強さだ。まさに最強主人公の俺TUEEEである。
(十鞍がダンジョン内はオーラを扱いやすくなるって言ってたけど、そういう環境が蘇生の際に何かしら影響したことで強くなったってのも考えられるよな)
確証はないし、過去の事例もまたないだろう。何故なら普通は死んだらそれまでであり、蘇るなんてことは有り得ないだろうし。
例外で言えば千疋だが、彼女はまた別のベクトルの蘇生の仕方だと言えるか。
どうもダンジョンにはまだまだ謎がありそうだ。
項垂れているナクルの頭を撫でていると、いつの間にか寝息が聞こえてきた。見るとナクルが気持ち良さそうに船を漕いでいたのである。
「あら、ナクルったら……しょうがない子ね」
微笑ましそうに蔦絵が言う。
物語の主人公であり、普通とはかけ離れた運命を背負うことになった少女だが、こうして見ると、ただただ愛らしい少女にしか見えない。だからこそ沖長は、この子の笑顔を守りたいと思うのだが。
不意に沖長はこの機会だから聞いておきたいと思い口を開く。
「あの蔦絵さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「何かしら? 恋人なら募集中よ?」
「……そんなこと聞いてないですって」
「ふふ、冗談よ。それでどうしたの?」
「あ、いえ……答えたくないなら構わないんですけど、その……お父上のことで」
「っ…………そうね、知っちゃったものね」
どこか諦めた様子の溜息を吐くところを見ると、怒られることもなく話してくれるようでホッとした。
「いいわ。私の父の何が聞きたいのかしら?」
「えっと……単純にどうして離れて生活することになったのかってことなんですけど……」
蔦絵からは、父と仲直りできるように力を貸してほしいと、修一郎たちがいる前で懇願した。そして全員が家族として受け入れることにしたのだ。
まだ何をどうすればいいか定まっていないが、来るべき時が来たら全力で支援することを約束した。
ただ、蔦絵が何故家族と離れて過ごしているのか、その真意を尋ねたかったのだ。
沖長の問いに対し、蔦絵は立っていたその場から少し移動し、沖長と対面するように座り、「そうね……」と言って続ける。
「私の一族……天徒家が特殊な力を持っていることは聞いたわよね?」
「はい。占術に長けた一族ですよね。ユキナさんの一族である籠屋家と同じように」
「そう……けれど籠屋家は他家と交わりその血が薄まったことで、占術の力が次第に減退していったわ。結果、国家占術師から身を引き、その後釜として天徒が引き継いだ」
「そして今、その国家占術師を担っているのが蔦絵さんの双子の妹さんですよね」
その名を――天徒咲絵。ナクルの物語でも根幹を成すような重要人物とのこと。
「ええそう。あの子は生まれながらにして強大な天徒の力を有していたわ。私と違ってね」
天徒一族もまた、一族間での婚姻に限界が生まれ、他家と交わることを余儀なくされてきたという。そうして籠屋家ほどではないものの、徐々に力が減退化していき、今では占術の力を持つ者は咲絵ただ一人なのだそうだ。
「あの子の前は私たちの祖母がその任に就いていたのよ。もう他界したけれど、祖母もまた優秀な占術師だったらしいわ」
そうやって籠屋家が没落した後は、天徒家が国家を支え続けてきたらしい。
「ハッキリ言うとね、私は……あの子を国家占術師になんかしたくなかった」
「どうしてですか? 聞けば大概の望みは叶えてくれるって話ですけど」
「生活する上での不自由はないでしょうね。衣食住に関しては困ることはないわ。玩具が欲しいなら与えられるし、稀少な宝石や高価な服や靴、それこそ望めば何でも手に入るわね。けれど……たった一つだけ。与えられた住処から外に出ることは認められないのよ」
「! ……つまり軟禁状態ってことですか?」
「監視も目が常にあるから、監禁とも言えるわね。そして死ぬまでそれが続くの」
「それは……」
確かに生活するだけなら何不自由なく暮らせるだろう。ゲームやら漫画やらも望めば手に入るようで、引きこもり生活をする分には最高の環境かもしれない。
しかし常に周囲には監視の目があり、永遠にその場から動けないというのは酷過ぎる気がする。
また他人と接触する時も、面倒な手続きがいろいろあるらしく、たとえ家族といえどもそう簡単に会うことすらできないとのこと。
「あの子は……咲絵はね、いつも笑顔を絶やさない心優し子なの。けれど……国家占術師を引き継いでから、あの子からその笑顔を奪ったわ」
元々咲絵も、蔦絵と同じように小さい頃は外で遊んでいたらしい。しかし祖母が他界し、その後を咲絵が継ぐことになり、家族との対面も制限がかかるようになった。
蔦絵が久々に咲絵と会った時、咲絵は……。
「あの子は……泣いてたわ。寂しいって…………だって、まだ九歳だったのよ!」
どうやら咲絵が監禁されたのは、まだまだ家族が恋しい子供の時分だったようだ。
自由を満喫していた矢先に、突然それを奪われる。そして国のために重い責を背負わされる。しかもまだ十歳にも満たない時にだ。
さらに家族と引き離され、周りには知らない者たちの監視の目。
(それは……辛いだろうな)
想像することしかできないが、きっと自分なら耐えられない。耐えるためには心を凍り付かせるしかないだろう。
「当然父に言ったわ。咲絵を自由にしてほしいって。けれど……父は言うことを聞いてくれなかった」
国家に従属する立場にある存在として、家族よりも立場を優先した結果だ。それが蔦絵の怒りを買い、父の下から去ったというわけだった。
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