第124話
顔面に向かってきた拳に対し、すかさず身体を半身にして紙一重で回避すると同時に、その腕を掴んで一本背負いの要領で金剛寺を地面に叩きつけた。
「ぐはぁ!?」
正直な話、こんな感じでいきなり攻撃してくることを想定していたので対処は容易だった。金剛寺と二人きりなんて警戒しないわけがないのだから。
「ぐっ……クソォ……ッ」
立ち上がりながら忌々し気に沖長を睨みつけてくる。
「あのさ、俺ってお前に何かしたか? いつもいつも鬱陶しいんだけど?」
「うるっせぇ! それはこっちのセリフなんだよっ!」
「えぇ……」
そんなこと言われても、金剛寺に対し何かをした覚えなどない。どうせナクルの近くにいるからといういつも通りの理不尽な理由に違いない。
「モブのくせに! ただのイレギュラーのくせにぃっ! 何でお前みたいな奴が!」
「そのモブって言うの止めてくれないか? そもそも漫画やアニメじゃないんだから、現実の世界にはモブなんていねえよ。みんな本物で、それぞれ必死で生きてんだしな」
「今度は説教か? ああ? ずいぶんと偉そうだな、おい」
「それこそこっちのセリフなんですけど……」
すると金剛寺が意を決したかのように「仕方ねえか」と右拳を開いたり閉じたりして、何かの準備らしきものをし始めた。
「正直、男なんかに使いたくはねえけど」
不満そうな言葉を漏らす金剛寺に、沖長は怪訝な面持ちになる。
(何だ? まさか……何かの能力を?)
さすがに警戒して身構えていると、金剛寺がそのまま突っ込んできた。そして右腕をこちらに伸ばしてくる。しかも拳ではなく手は開いたままだ。
(オーラ……は感じない。なら触れることで発動するタイプの能力か!?)
そう考え捕まらないようにバックステップやサイドステップを使って避け続ける。
「ちっ、ちょこまかと鬱陶しい野郎だな!」
「そっちこそ、何をするつもりだ?」
「御託はいいからそこを動くんじゃねえ!」
完全に向こうはやる気である。なら仕方ない。少し大人しくなってもらうとしよう。
そう思い、金剛寺の攻撃にカウンターを合わせる形で腹部に掌底を放った。
「ぐっがぁっ!?」
肺から一気に空気が吐き出されると同時に、両膝をついて悶絶する金剛寺。口から涎が垂れ非常に苦しそうだが、それでもまだ闘争心に揺らぎはない。
「それ以上やるならさすがに見過ごせないからな。次はもっとキツイのを食らわせるぞ」
これくらい脅せば諦めてくれるかと思いきや……。
「っ……何で……だよ! 何でモブのお前ばっかり原作キャラに好かれるんだっ!」
ハッキリ原作キャラなんて言葉を吐いてきた。
(コイツ……すでに隠す気がゼロの言い方だな)
呆れてしまうが、そんなことを言っても普通は相手をしないかもしれない。
「モブ……いや、お前本当はモブなんかじゃなくて、俺と同じなんじゃないのか?」
「……何言ってんだ?」
「転生者だろ、お前!」
決定的な言葉を突きつけてくるが、そんな証拠は現状ない。
「転生者? 転生ってあの生まれ変わるやつか? ……お前、漫画の読み過ぎじゃないの?」
「!? ……やっぱ違うのか? いやでも……モブがこんなに強いわけ……それに……」
どうやら見立て通り確証があって放った言葉ではないようだ。もっとも転生者であろうがなかろうが、ナクルの傍にいる時点で扱いはそう変わらないだろうが。
「お、おい……お前!」
「できれば名前で呼んでもらいたいけど、何だよ?」
「鬱陶しいんだよ!」
「語彙がない奴だな。もう少し気の利いたことは言えないのか?」
「くっ……生意気なガキだなてめえは!」
「同い年に対して言う言葉じゃないな、そいつは」
正論を言い返される度に悔しそうに歯噛みする金剛寺。ただ金剛寺にとって沖長が、転生者でなければガキと称することは間違いではないだろうが。
「お、お前……どうやってナクルと仲良くなった? いいや、ナクルだけじゃねえ! あの十鞍千疋もそうだし、それに……この間、九馬水月とも楽しそうに話してやがったな」
なるほど。あの選択授業での一件をどこかで知ったのか、もしくは実際に見ていたのかもしれない。
「一体どんな手を使って彼女たちに近づいたんだ! 教えろ!」
「そんなに女の子と仲良くなりたかったら、自分から近づいて行けばいいだけの話だろ? お前がいつも傍に侍らせている女子たちみたいにさ」
「黙れ! あんなモブ女どもと原作ヒロインを一緒にするな!」
何ていう言い方だ。確かにこの世界が一つの物語が主軸になっているのかもしれないが、先ほども言ったようにモブなんて存在はいない。
この世界に生きているすべての者が本物であり主役でもあるのだから。
「それに! うちのクソ姉にも近づいてんだろ! いい加減にしろよ、このハーレム野郎が!」
「それをお前が言うかよ……」
そう考えれば確かに原作に出てくるメインキャラクターたちと多くの繋がりを持っているが、それでも金剛寺のようなハーレム思考は持ち合わせていない。
「ていうか実の姉にクソとか言うなよな。夜風さんは弟のお前のことを大事に想ってる。だから夜風さんや両親に心配かけることをすんなよ」
当然その言外には、最近皇居に侵入したことへの注意を含まれていた。
「ぐっ……うっせぇっ! あんなのは俺の家族じゃねえ!」
やはり金剛寺にとってはそういう認識なのだろうか。気持ちは分からないでもないが……。
「……その言葉は、夜風さんたちにとっては残酷だろうな」
「お前に何が分かる! ただのモブでイレギュラーなお前が! 俺の……俺の家族はこの世界にはいねえだよぉっ!」
叫びながらまた突撃してくる。
完全に我を忘れたような特攻に沖長は溜息を一つ。そして振るわれた拳を潜り抜け、素早く金剛寺の背後へと回ると、
「《日ノ部流・初伝》――《
その言葉とともに金剛寺の背に向かって肘を叩きつけた。
「あっがぁっ!?」
痛々しそうな声を発しながら、金剛寺はそのまま前のめりに倒れて動かなくなった。
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