第112話

「――――なるほど。例の転生者の身内からの相談、ね」


 このえの呟きに対し、沖長が素直に「ああ」と頷いた……が、ここで大きな過ちに気づく。


「……のう、テンセイシャとは何のことじゃ?」

「「……あ」」


 この場に千疋もいることを完全に忘れていた。確かこのえもまだ自身が転生者だということは誰にも伝えていなかったはず。


「あー……ほら、前にダンジョンで会った銀髪の子供のことだ」

「銀髪……ああ、あの赤髪にあっさりやられておった小童のことじゃな。して、そやつがテンセイシャとはどういうことじゃ?」


 やはり食いついてくる。チラリとこのえを一瞥すると、無表情が特徴の彼女の目が完全に泳ぎまくっている。そして助けを求めるように沖長を見てきた。


 まあ千疋に話したところで然程問題になり得ないとも思うが、ここで教えるのも沖長としては構わないが、このえにも心の準備というものが必要だろう。何せ親友であるはずの千疋に今まで伝えて来なかった理由が確かにあるだろうから。

 ここは一旦誤魔化す方面に話を持っていくことにした。


「アイツ、自分のことをそう言ってるんだよ。俺は選ばれた転生者だってな。そうだよな、壬生島。お前もあの糸の能力で、そう口にしてる金剛寺を見たことがあるんだろ?」


 そうやってフォローすると、「そ、そうよ……うん、絶対そう」などと明らかに動揺している感は否めないがそう言った。


「テンセイ……つまり生まれ変わり、転生ってことかのう」

「だろうな。ほら、よく厨二病で、自分のことを前世が魔王だったって設定してる奴がいたりするしな」

「ふむふむ。つまりあの銀髪は可愛そうな奴じゃということじゃな。確かにあやつの言動は変人のそれじゃったしなぁ」


 カラカラと笑う千疋を見て、このえがホッと胸を撫で下ろしている。どうやら話を逸らせたようで、さっそく本題へと入る。


「その銀髪……金剛寺銀河っていうんだけど、そのお姉さんには俺が一年生の頃から世話になっててな。だから相談を受けて、できれば解決してあげたいって思ったんだよ」

「なるほどのう。しかし受けた恩義に対し真っ向に報いるとはさすがは我が主様よのう」


 恩義なんて大層なものではない。ただ世話になった人が頼ってきたから、見捨てるなんて自分の美学に反することをしたくないだけである。


「それで? あなたはわたしに何を望むの? 知っての通り、今のわたしにできることは限られているわよ?」


 このえは生まれながらの虚弱体質であり、外で活発に行動することができない。人が多いというより、刺激が強い場所に足を運ぶこともできない。

 しかし問題はない。沖長が彼女を頼りにしているのは、彼女が秘める能力だ。


「例の糸を使って、金剛寺を調査してほしいんだよ」


 金剛寺は夜になっても中々帰ってこないと夜風は言っていた。彼が何をしているのか突き止めるには尾行する必要があるだろう。何せ聞いたところで答えてくれるとは思えないからだ。

 まあナクルが頼めばいけるかもしれないが、できるだけアイツら転生者コンビにはナクルを近づけたくないという思いから却下した。


 沖長が尾行するにも、夜中に出歩くのは両親の心配へと繋がるので、これもできれば最終手段にしておきたい。

 ということで考えた結果、調査任務ならば適役であろうこのえを頼ったのである。彼女の能力ならば、誰にも気づかれずに尾行し調査することができるから。


「そういうことね。それくらいなら問題ないわ」

「別に尾行ならワシがしてもいいんじゃがのう」

「確かに十鞍は、知識や経験上では大人と同格だけど、それでもまだ身体的には子供なのは確かだろう。せっかくこれからちゃんと大人として成長できるのに、夜更かしして成長止まってもいいのか?」

「そ、それは嫌じゃ! ワシだっていつかはいつかはと思い、ないすばでぃなれでぃを夢見ては諦めてきたんじゃからな!」


 十五歳で確実に死んできたのだから、大人の女性にはなり得なかった。少なくとも身体的にはだが。だからこそ彼女がかつて見た夢を叶えられる状況なのに、それが失敗に終わることを許容なんてできないだろう。


「このえ! ワシは動けん! 夜はしっかり牛乳を飲んでから寝ると決めておるからのう! そうでないと主様を誘惑できる身体が手に入らん!」

「そ、そうね……大丈夫よ。今回はわたしが頑張るから……」


 千疋の気迫に押される形でこのえが頷く。


(ていうかコイツ、さらっととんでもないこと言わなかったか?)


 誘惑するとか聞こえたが、それが本気でないことを祈るばかりだった。


「けど、その能力って制限時間とか効果範囲とか大丈夫なのか?」


 主に手に入れたいのは金剛寺の夜の行動ではあるが、できるなら一日中彼の行動を知っておきたい。もし制限時間があるなら一日ぶっ続けても大丈夫なのか確かめておきたかった。それとどこまでの範囲内に能力を行使できるのかもだ。


「そうね。今回の場合は……特に緻密な制御が必要というわけでは……ないから問題ないわ」


 前に沖長を調査した時も、二十四時間監視したこともあるというので信頼できそうだ。


「ただ効果範囲なのだけれど……わたしから……半径三十キロ圏内くらい……かしらね」

「いやいや、十分だから」


 三十キロというと市内であれば何の問題もない。つまりその範囲内なら、このえは糸を広げて、あるいは飛ばして情報を密かに入手することができるということ。

 やはり転生者に与えられた能力は図抜けていると実感する。


(ただ回収はできそうもないんだよなぁ)


 彼女が繰り出す糸は、彼女の身体そのものであり、沖長は生物の一部だと認識してしまっている。故に制約が発動し回収することができないのだ。

 回収できて自分も扱えるようになれば最高だったが、そう都合よくいかないことに肩を落とした記憶がある。


「じゃあさっそく……調査に向かわせるわね」


 そう言うと、このえの右手の指先から解けるようにして糸が生まれていく。それらが次々と小鳥の姿になり、開け放たれた窓から飛び立っていく。気づけばこのえの右腕全体が無くなっていた。こうして見ると痛々しそうだが、別段痛みは感じないらしい。

 まずは金剛寺を探すところからだ。見つかれば、あとはそのまま尾行を――。


「――見つけたわ」

「はやっ!?」


 思わずギョッとしたほどの速度だったが、こちらとしては都合が良い。

 あとは数体だけを金剛寺の周辺に張り巡らせて様子を見るとのこと。


 そしてその翌日、さっそくこのえから連絡が入ったのですぐに向かうことになった。



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