第113話
「――――金剛寺が皇居の周りをウロウロしていた?」
このえからもたらされた情報は、銀河が夜に皇居の周囲を見回っていたということ。
何度か中に入ろうという素振りを見せていたが、警備員の巡回を潜ることができずに結局諦めていたらしい。
「何でアイツが皇居を? まさか天皇に会いに……とか?」
それこそ理由が分からない。仮に天皇との謁見を望んだとして、一体何を話したいというのか。
「……あなたはどうやら知らないみたいね」
「え……」
そこでピンときたのが原作である。
長門から原作すべてを聞いているわけではないので、もしかして銀河の行動が何かしらの原作に沿ったものかもしれないという考えに至った。
「皇居には……公にされていない国宝と同等以上の存在が……いるのよ」
「国宝と同等以上……?」
それはつまり国が威信をかけて守り抜かなければならない唯一無二の存在。
「ある意味では……天皇よりも重要視される存在」
このえの隣に立つ千疋は別段驚いていないところを見ると知っているのだろう。
沖長は、その正体に興味を惹かれこのえの発言を待つ。
「それは――――国家占術師と呼ばれる人物よ」
その言葉に衝撃を受けたが、同時に初耳ではなかったことにも少なからず驚いていた。
「……もしかして、その人って天徒咲絵って名前?」
「あら……知っていたの?」
「恐らく七宮の小娘繋がりで伝え聞いたのではないかのう」
こちらが説明をする前に千疋が一つの答えを示してくれた。
沖長は「まあな」と言って小さく頷くと、以前に修一郎たちに聞かされたことを教えた。
「昔は籠屋一族が担ってたけど、今はその任を天徒一族が請け負ってるんだろ?」
「ええ……その通りよ。現在国家占術師を名乗っているのは……日本で一人だけ。それが……あなたが口にした……天徒咲絵。あなたもよく知っている……七宮蔦絵の双子の妹」
「その人が……まさか皇居の中にいるなんてな」
ここからそれほど遠くはない場所に、蔦絵の妹がいるというのは驚いた。しかもそれが天皇が住まう皇居だとは。
いや、確かに防衛の観点からも秘匿性の高い場所に置いておくに限るだろうし、皇居というのは理にかなっているかもしれない。
(てっきり国会議事堂とか首相官邸とかだと思ってたしなぁ)
国家の代表者がいる場所や、そこに近いところという漠然とした考えだったが、なるほど、代表ではなく国家の象徴たる存在の傍にいるというのが真実だったようだ。
「ちょっと待てよ。じゃあもしかして金剛寺の奴が皇居に入ろうとしてたのは、その天徒咲絵に会おうとしてか?」
だとするなら理由は分かる。天皇に会うというよりも、原作キャラである天徒咲絵に会うという方がしっくりくるからだ。
「しかしそこで一つの疑問が湧くのう。皇居の中で秘匿されている存在である人物のことを、何故一介の小童が知っておるんじゃ?」
千疋の疑問は当然だ。しかし沖長とこのえにはすでに解答を得ている。ただそれを口にするということは、自分たちの正体もまた晒す必要性が出てくる。
「あー……アイツは一応ダンジョンに入れる、つまりは選ばれた人間の一人ってやつだろ? ということは何かしら突出した能力を持ってるってわけだ」
「ふむ、なるほどのう。その何かしらの能力を使い、天徒咲絵の居所を突き止めたというわけか」
少し苦しい誤魔化しになったが、千疋も推測の域を出ないことから一応の納得をせざるを得ないみたいだ。
「それよりも金剛寺が天徒咲絵に会って何をしたいのか、だけど」
「それは……味方につけようと、ではないかしら?」
「そうじゃのう。国家占術師は未来を視ることのできるとされる極めて稀少な存在じゃし、味方にすればこれほど頼もしいことはないのう。ただ、味方にしたとして、ヤツは一体何を望んでおるんじゃろうのう」
銀河が政治に関わる仕事をしているのなら、その力は絶大に働いてくれるだろう。またギャンブルにのめり込んでいるなら、金儲けという線も考えられる。
しかしながら銀河がそのような目的で動いているとは到底思えない。何故なら彼にとって大事なのは原作キャラ、とりわけヒロインたちの心を掴むことだ。
(……! まさかあの野郎、天徒咲絵を自分のものにしたいがために会おうとしてるんじゃ……)
そう考えると得心するものはある。たださすがに警備が厳重なところに匿われている人物に会いに行こうと思うだろうか。原作が進めば、自ずと天徒咲絵も表舞台に出てくるはずだし、その時を狙うことだってできる。わざわざ危険を冒す愚を行うか。
いや、紅蓮にしろ銀河にしろ考えなしなところがあるから、欲しいと思ったから直情的に動いたことは十分考えられるが……。
(そこらへんはまだ調査不足で判明してないみたいだからなぁ)
まだ一日目でもあるし、銀河は誰とも接触したり会話をしていないから彼の目的は明確ではない。分かっているのは、皇居に入るつもりがあるということだけ。
「とりあえず……今はそんなところね」
「オーケー、ありがとな壬生島。やっぱりお前を頼って良かったわ!」
「っ……別にいいわよ。あなたの力に……なれたにゃら」
「ん? このえ、今ハッキリと噛んだのう?」
「…………噛んでないわ」
「いーや、間違いなく噛んだわい。何じゃ、照れておるのか?」
「……うるさい」
「ククク、年齢の割に成熟しておるお主とて、やはりまだまだ子供よのう」
面白がって笑っていた千疋の動きがピタリと止まる。そのまま突然天地が逆になったように、千疋の身体が反転して天井へと上がっていく。
「にょわぁぁぁぁぁっ!? い、いきなり何するんじゃぁぁぁ!?」
天井から吊るされる形で叫ぶ千疋。どうやらこのえが糸で千疋の足を縛って吊り上げているようだ。間違いなくこのえをからかったことでの反撃を受けている。
「こ、これ揺らすでない! 気持ちが悪くなってしまうじゃろうが!」
ブランコのようにユラユラと揺らされ顔を青ざめさせている千疋。対してこのえはそっぽを向いて我関せずを貫いている。
「くっ! ならば主様、ワシを助け……って、何で顔を逸らしておるんじゃ!」
「いや、だってなぁ……」
その理由は一目瞭然だった。ただ沖長の口からは言えない。
「千……今日は子供っぽいのね」
「む? 何じゃこのえ、急に……っ!?」
このえの言葉と視線が気になったようで、それを確かめるように千疋が己の下半身へと顔を向けて一気に顔を真っ赤にする。
何故ならスカートが捲り上げられ、その中に隠されていたイチゴ柄の下着が露わになっていたからだ。
「にゃあぁぁぁぁぁっ! み、見るでないぞ主様よぉぉぉっ!?」
だから目を逸らしていることを分かっていてほしい。
そしてこのえはどこか楽しそうな雰囲気を醸し出し、さらに揺れを大きくし始めた。
「ワシが悪かったのじゃぁぁぁ! だから、だからぁぁぁ…………うっぷ」
「「え?」」
直後、どうなったかは敢えて言わないでおく。ただ結果的には、三人ともが悲惨な出来事が起きたことだけは理解してもらおう。
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