第111話
これまで夜風には銀河の件についていろいろ世話になってきた。だからこそ力になってあげたいと思うが、相手はあの銀河だ。赤髪ほどぶっ飛んでいないものの、ナクルの傍にいる鬱陶しい奴という立ち位置の沖長の話をまともに聞いてくれるかどうか……。
「……夜風さんは、アイツが夜に何をしてるのか知りたいってことですか?」
「それもそうだけど……アイツってば、アタシたち家族に自分のことを話したりしないのよ。だからその……」
「もっと頼ってほしい……とか?」
「! ……ホントにアンタは察しが良いわね。アイツとは大違い」
「……もしかしてアイツの前で、よく誰かと比べたりしてます?」
「え? そうね……よく沖長やナクルの話題は出てくるわよ。アンタたちはとても良い子だから見習えとかそういうの?」
なるほど。それは銀河にとっては悪手だろう。ナクルと比べられることはまだしも、敵として見ている沖長と比較され、自分がその下にいると言われて嬉しい奴はいない。とりわけプライドの高い銀河のことだから、その度にストレスが嵩んでいるはず。
銀河が珍しいわけではない。人間と言うのは、得てして誰かと比べたがる。そしてそれが羨望や憧憬ならまだいいが、嫉妬や憎悪に傾くことだってあるのだ。
さらにそれを第三者から突きつけられてしまえば、より自分の価値が浮き彫りになってしまいどこに向けていいか分からない感情が黒く染め上がっていく。
しかもそれがよく見知った家族から言われると、自分には味方はいないのではないかという被害妄想に陥り、より心が荒んでしまうことがある。
(それにアイツ、最近結構イライラしっ放しだったしな)
出会った当初はそうでもなかったが、心を掴みたいナクルからは距離を取られ、敵としてみなしている沖長とは比べられ、それが数年間続いたことでいわゆるグレたような感じになっている可能性が高い。
(もしかしたら前世じゃ結構上手いこといってたタイプなのかもな)
いわゆる勝ち組の中に立っていたとしたら、今の状況は彼にとっては納得できないのかもしれない。
これまで欲しいものを手にしてきた彼にとって、転生し力まで手にしたにもかかわらず本当に欲しいものが手に入らない。それが傲慢過ぎる性格に拍車をかけてしまっている。
(どうしたもんかなこりゃ……)
銀河から話を聞くのが一番だが、素直に話してくれるとは思えない。それに銀河のイライラの原因が他にもあるような気がする。その謎を紐解くには、やはり夜に何をしているのか調査する必要があるだろう。
しかし沖長もまだ小学生であり夜遊びなんてできないし両親に心配をかけるのはマズイ。
(となれば……アイツに頼るしかないか)
ふと脳裏に浮かんだのは一人の人物だった。
「……夜風さん、俺も少しアイツのこと調べてみますね」
「ホント! ホントに手伝ってくれるの!」
「はい。夜風さんにはお世話になっていますから」
「~~~~っ! 沖長、ありがと! このお礼は絶対するからね!」
「そんなこといいですって。何か分かりましたらすぐに知らせます」
先ほどまで泣きそうだった夜風が嬉しそうに笑っているのを見るとホッとする。やはり女の子は笑顔が一番だと心から思う。
そしてカフェから出ると、そのまま夜風さんは用事があると言って離れていった。幾分かスッキリした表情から、悩みを相談できたことで気持ちが楽になったのだろう。
そんな彼女の期待に応えるためにもと、早速スマホで例の人物に連絡を取った。すると今すぐにでも会えるとのことだったので、その足でその人物の家へと向かうことにした。
「――待っておったぞ、主様」
目的地に辿り着くと、待ち構えていた千疋がそう言い放った。
沖長が「急に悪かったな」と言うと、千疋は「主様ならいつでも大歓迎じゃ」と笑う。相変わらずの真っ直ぐな忠誠心に思わず苦笑してしまうが。
しかし目的地はココで間違いないが、会いに来た人物は彼女ではなくその親友――壬生島このえである。
千疋の先導のもと、壬生島家の敷地内にある離れへと向かう。いつ見てもだだっ広い庭園では、いかつい男たちが何やら組手に勤しんでいる。
各々が上半身裸で、土俵のように形作られた円の中で取っ組み合いをしていた。
千疋曰く、こうやって若い衆らが身体作りの一環として格闘試合を定期的に行っているとのこと。
男たちも真剣な表情で全力で取り組んでいるのが分かる。凄まじい気迫が伝わってくるし、彼らの全身は汗や泥に塗れている。
「ちなみに試合で優勝した者には金一封が授与されるんじゃよ」
なるほど。だから全員が勝利に飢えたような顔をしているのか。何とも現金だとつい笑みが零れそうになった。
そのまま庭園を抜けて離れへと入っていく。そして奥の部屋まで向かうと、そこには相変わらず本に包まれた生活をしているこのえの姿があった。
「あら、早かったわね」
何を考えているか分からない無表情っぷりもいつも通り。本に向けられていた視線が沖長へと向く。
「いきなり悪いな。ちょっと頼みたいことがあってさ」
「いいわよ。どんなことかしら?」
「…………」
「どうかしたのかしら?」
「あ、いや。そんなすぐにOKって言われると思わなかったからさ。一応内容聞いてからの方が良いと思うけど」
「あなたがわざわざわたしを頼るということは、わたしにしかできないことなのでしょう? それにあなたには大きな恩があるもの。できることはするつもりよ」
何とも律儀な性格である。銀河や紅蓮にも同じ転生者として見習ってもらいたいものだ。
「うむうむ。ワシだって主様の頼みならば身命を賭して遂行する意思はあるぞ。じゃから何でも言うが良いわい」
思わず惚れそうになるほどの言葉に照れ臭くなる。慕われるのは嬉しいが、こうまで真っ直ぐ過ぎると、逆にこんな自分で申し訳なく思ってしまいそうになるものだ。
何せ沖長としては転生者云々を抜きにすれば、どこにでもいる普通の男なのだから。人の上に立つ資質もないだろうし、才能だって平平凡凡だ。
それが腕も才も人格だって高質な人物に慕われるというのは、正直にいってプレッシャーでもある。期待されるに相応しい振る舞いをしなければならないと、自然と身が引き締まるのだ。
「それで? どんなご依頼かしら?」
沖長は夜風から聞いた話を掻い摘んで彼女たちに伝えた。
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