第110話

 活発系お姉さんキャラ。

 金剛寺夜風を評価するにはピッタリの言葉であろう。


 いつも笑顔を絶やさず男勝りともいえる活発さに加え、困っている人を放っておけない優しさを併せ持つ人物。

 老若男女に好かれるタイプであり、あの横柄で身勝手な銀河でさえ彼女には頭が上がらないほどだ。


 沖長たちが小学一年生の時に初めて会ったのが、彼女が四年生の時。その時も、迷惑をかけている銀河を公衆の面前で嗜めたのは非常に懐かしい。

 それから銀河に目を点けられた沖長たちのフォローとして、夜風との付き合いは続いていた。ただ彼女が中学に上がってからは、あまり会う機会自体は少なくなっていたものの、たまにメッセージアプリでのやり取りはしていたのだ。


 そんな彼女は現在中学一年生。小柄な見た目だが、少し大人びた顔つきになっており、その笑顔は今も変わらず魅力が溢れている。

 だから毎度会う度に思うのだ。こんな素敵なお姉さんが傍にいて、よくもまあ銀河みたいな奴が育つな、と。


 もっとも銀河を形成している人格は前世の環境が大きく影響しているだろうから、一概に現世が彼を育てたとは言い難いが。


「そんなに待ってないわよ、沖長」


 初めて会った時から徐々に親密度が上がり、銀河の友人という一応の体で、彼女からは呼び捨てされていた。


「それは良かったです。それにしてもいきなりどうしました……って、こんなとこで話すのもあれですね。どこか落ち着ける場所に行きましょうか?」

「…………」

「えっと、そんなにじ~っと見つめられても困るんですけど」


 何か変なことでも言ったかなと逡巡していると、夜風が軽く溜息交じりに肩を竦める。


「毎回思うんだけど、沖長って本当にアタシの三歳下なの?」

「実際に俺は小学四年生で、夜風さんは中学一年生じゃないですか」

「留年とか?」

「義務教育期間ですよ?」

「むむむぅ……」


 若干膨れる顔が愛らしい。この人は感情が素直に表情に出るから面白い。


「だって沖長ってば、ウチのとこのバカと全然違うんだもん! あのバカと!」


 実姉に心の底からバカ扱いされている銀河に、少しだけ同情してしまう。もっともそれだけのことをしでかしているのもまた事実ではあるが。


「アイツも沖長くらい、空気を読んだりデリカシーを気にしたり、人への気遣いができればいいんだけど」

「はは、別に俺は普通だと思います。まあ、金剛寺はちょっと変わってますけど」

「別にアイツに対して気を使わなくていいわよ。あんな奴はバカでいいのよバカで」


 銀河に気を使ったわけではなく、その家族である夜風に対してだったのだがそこは言わぬが花ということにしておく。

 とりあえず何気ない談笑を楽しみつつその場から移動する。向かった先は夜風のお気に入りのカフェで、ちょうど端のテーブル席が空いていたこともありそこに座ることになった。


 沖長はカフェオレを、夜風はメロンクリームソーダとモンブランをそれぞれ注文した。

 注文の品が届くまで、各々の近況を面白おかしく話し合う。とはいってもほとんど夜風のマシンガントークだ。ほとんど銀河への愚痴だったが、その口ぶりはどこか楽し気ではあった。


 ただ時折気になったのは、銀河のことを口にする時に少しだけ表情が曇ること。ほんの僅かではあるが、いつも朗らかな彼女にとっては違和感でしかなかった。

 注文の品が届き、少し口をつけてから沖長は本題を切り出す。


「それで、お話があるとのことでしたけど?」


 モンブランを食べていた夜風の動きが一瞬止まり、メロンクリームソーダで喉を潤した後に彼女は口を開く。


「…………あのね、あのバカのことなんだけど」


 やはり銀河についてだったかと得心する。これまでも基本的にアイツに関する話ばかりだったし、夜風自身のプライベートについて相談はされたことがなかった。まあさすがに自分よりも三つも下の小学生に人生相談なんてしないとは思うが。


「金剛寺の……アイツがどうかしたんですか?」

「アイツ……ね、最近ちょっと変というか、あ、いや、変なのはいつもなんだけど」


 それは全面的に肯定すると内心で頷いた。


「けど、少し前から帰りが遅くなることが続いてさ」


 聞けば、最近銀河の帰宅が夜遅くなっているという。当然その理由を親や夜風が問い質すが、その度に「関係ねえだろ」と取り付く島がないらしい。

 それに夜風がキレていつものように愛ある折檻を繰り出したところ、銀河はこう言い放ったと言う。



『アンタには関係ねえ! いつもいつも家族面しやがって鬱陶しいんだよ!』



「それは何とも……」


 あまりにも情とはかけ離れた言葉。思春期特有の反抗なら親や兄弟に向かって「関係ない」と口にすることは珍しくないかもしれない。イライラして勢い余ってというのもあるだろう。

 しかしながら銀河の場合は少し状況が異なる。


(……家族面しやがって……か)


 その言葉の重みは夜風に多大なショックを与えたようだ。

 ただし沖長にとっては、言葉の真意を理解できる。 

 何故なら彼とは同じ転生者という共通点があるからだ。


 もしかしたら銀河にとって家族と呼べる存在は、前世に存在した家族だけであって、今世での夜風たちはそうではないのかもしれない。

 ただそれを一方的に咎められるかというと厳しいのもまた事実。


 何せ突然殺され、無理矢理家族と離れ離れになってしまったのだ。転生したとしても、たとえそれまで今世の家族と接していた記憶があったとしても、どちらを重きに置くのかは本人次第でしかない。

 こればかりは銀河の認識が間違っているから直せとは言えない。仮に沖長が前世の家族が何よりも大事で、突然切り離されて別の家族のもとに転生したとする。


 結果的に転生自体を喜ばしいと感じても、その先にいる者たちを家族として認められるかというと別問題だ。

 沖長ももしかしたら今世の家族を認められず、ただともに過ごしている他人のような感覚を持ったかもしれない。


 幸い沖長はそんなことはなく、今の家族も心から信じている大事な家族になっている。

 たとえ家族として見れなくとも、育ててくれている恩義だけは忘れてはいけないのだが……。


(銀河にとっては家族でもないし感謝もしてないってことなのか?)


 彼の発言が、どこまで彼の心が発した言葉か定かではないが、少なくてもそういうふうに感じている事実はあるのだろう。だからこそ口から出たということ。

 夜風を見ると、それまで楽しそうだった雰囲気から一変し、物寂しそうな表情を浮かべていて沖長も心が痛んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る