第106話

 数日後――日ノ部家にて、大きく分けて三組が顔を突き合わせていた。

 一つは無論日ノ部家に連なる者たちであり、もう一つは沖長とその両親。そして最後の一組は数日前に沖長たちが対面することになった【異界対策局】に所属する人物たち。


 もちろんこれは事前に予定されていたイベントだ。学校の屋上での一件のあと、すぐに謝罪を込めた訪問があったのである。

 訪ねてきたのは大淀あるみ一人であり、沖長が忠告したようにまずは謝罪を通して、後日対話を求める旨を語った。


 思った通り、当初の【異界対策局】の対応に腹を立てた両親は、あるみを追い返さんばかりの勢いではあったものの、あるみの粘り強い交渉の末、結果的にこの日を迎えることになったというわけだ。


 両親にしても、日ノ部家にしても、まず間違いなく今後も接触してくるであろう組織のことを無知のままにできないということで話を聞くことを決めたらしい。 

 ということで現在、二組の家族の目前には明らかに緊張した面持ちの大淀あるみが座っているのだが、今回もまた彼女一人ではない。その隣には、もう一人女性が座っていた。


 二十代ほどの若さに見えるが、あるみが恐縮している姿から彼女の上司であることは間違いなく、またここに連れてきたということは、彼女こそがナクルたちとの対話を求めていた張本人ということ。


 つまり――。


(この人が……【異界対策局】の局長ってことか)


 ダンジョンという未開の世界に対する組織のトップがよもやこれほど若いとは、普通なら本当に頼りになるのか不安になるのが自然だ。

 しかし彼女からは、修一郎にも似た風格のようなものを感じる。それにこの家に来訪してきた時に、初見のはずの修一郎が彼女を見て驚いた様子を見せ、彼女もまた複雑そうな表情を浮かべながら「お久しぶりです」と口にしたのだ。


 その言葉を素直に取るならば、二人は知己の関係ということ。修一郎も「そうだね」と短く答えてから、彼女たちを客間に通した。


「改めまして、先日は弊社の者が大変失礼を致しました。本当に申し訳ございませんでした」


 そう言った女性が、あるみとともに頭を下げる。

 修一郎が代表して、その謝罪を受けると「顔を上げて欲しい」と口にした。そしてフッと頬を緩めた彼が続ける。


「それにしても驚いたよ。まさかこんな場所で再びお前と会うなんてな」


 その言葉に一早く反応したのは沖長の父である悠二であり、「お知り合いなんですか?」と尋ねた。


「はい。昔…………ともに戦った者ですから」


 ダンジョンについて、おいそれと他人には語ることはできないが、当事者である沖長の家族である悠二と葵には当然修一郎から話は通されていた。

 最初は信じられないといった面持ちだったが、沖長もまた自分が経験したことを伝えると信じてくれたのである。


 そしてかつて現在のようにダンジョンブレイクが発生し、人々を守るために修一郎たちが武器を取っていたことも知った。

 そんな危ない世界に、沖長が足を踏み込んでしまったことに不安を覚え二度と関わらないでほしいと願った両親ではあったが、ナクルを守るためにも放置はできないことを伝えて、渋々ながら承諾を得ることができた。 


 とはいっても、でき得る限り無茶なことはしないのと、ダンジョンに挑む際は修一郎や両親に一報を入れることを条件にされた。

 前回二度目のダンジョン挑戦の際にも、一応前もって両親と修一郎にはスマホでメッセージを送っておいた。


 すると女性が名刺を取り出し、こちらに差し出しながら自己紹介をし始める。


「私は【内閣府・特別事例庁・異界対策局】、その局長を務めさせて頂いております――國滝織乃くにたきおりのと申します」


 背筋をピンと伸ばし、軽く会釈をしながらそう口にした。

 その何てことの無い仕草がとても様になっていると沖長は思った。どこか修練中の蔦絵のような凛々しさに加え、気品の高さも窺える。さすがに一城の主という立場にいる人物だと感心した。


(それにこの人、多分だけど……強い)


 別に戦意を向けられているわけでもないが、その内包する逞しさを感じ取った。長門からも戦えば強いという話は聞いていたが、どこまでの強さかは知らない。

 ただ規格外である修一郎の戦友ともなれば、あの大悟と同じような力を有している可能性は否定できない。


 ちょっと手合わせでもしたいなと思うくらいには、沖長もまた武術者としての道を真っ直ぐ進んでいるらしい。


「國滝さん、それで、詳しくその……【異界対策局】についてお聞きしたいんですが?」


 そう質問を投げかけたのは悠二である。

 それに次いで修一郎も口を開く。


「そうだな。織乃、あの時……俺たちと袂を分かってからお前がその地位に着くまで何があったのか話してくれるか?」

「修一郎さん…………分かりました。まず私が所属する【異界対策局】についてご説明申し上げます。【異界対策局】とは、異界――つまりダンジョンと呼ばれる異世界の調査機関。とはいっても調査のみならず、その脅威に対処するための手段を講じるための組織でもあります」


 それは長門から聞いていたことと違いはなかった。


「ダンジョン……この子やナクルちゃんたちだけが行くことのできる別世界のこと、ですよね?」


 悠二の言葉に織乃が「その通りです」と答えた。


「設立したのは今から約十二年ほど前のことです」

「? ……つまりあの時から一年後か」


 修一郎の呟きに織乃が僅かに頷いて続ける。


「十三年前、我々はダンジョンブレイクと戦い、そして多大な犠牲のもと……一応の終息を迎えることになりました」


 犠牲という言葉に、当時のことを知っている者たちの顔が渋くなるのを沖長は見逃さなかった。


(そういや修一郎さんたちの過去については羽竹からも聞いてないな)


 今度それとなく聞いておこうと思い、織乃の言葉に耳を傾ける。


「しかし再びダンジョンブレイクが起きる可能性を考慮し、その時に少しでも犠牲をなくすべく設立されたのが【異界対策局】です。そしてそれは内閣府――つまり、総理大臣の手によってです。そう、修一郎さん……あなたも良く知るあの方――世仏竜悟よほとけりゅうごさんですよ」



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