第107話

 世仏竜悟――その名はたとえ原作自体を知らなくとも、この世界で生きているならば一度は耳にしたことくらいあるだろう。

 齢五十五にして、現在の内閣総理大臣。


 驚異的なのは世論調査によって捻出される内閣支持率であり、驚くことに88パーセントという数字を叩き出している。

 そして近い内に90パーセントを越えるのではとメディアでも取り上げられることもある。


 世仏内閣は、第94代から現在の第99代まで引き継いでおり、歴代でも連続在職日数が最も長いことでも有名。そして次に政権を勝ち取れば、大台の第100代目という看板を背負うことにある。

 普通それほど長い期間、在職を続けていれば支持率も低下していくのが通例だ。しかし彼の場合は低下したとしても、すぐに新たな方策で国民の支持を掴み盛り返すのだ。


 その理由の大きな要因としては、これまで上がり続けていた消費税を10パーセントから、初期率である3パーセントへ激減させたことだろう。

 国民にとって消費税は生活を圧迫させる重大な要因となっていた。それを世仏は僅か数年の間に3パーセントまで減少させ、近い内に消費税自体を撤廃すると口にしている。


 彼が口にしたことは今まで現実化してきていることから、その言葉の魅力に宛てられ国民の支持はうなぎ登りとなっているのだ。


 無論彼が行った政策は消費税の減額だけでなく、低迷下しつつあった女性の社会進出における人権擁護施策や、子育て世代に対しての援助、国内経済の活性化のための施策を次々と成功させるなど、それまで政治に興味の無かった者たちまでの支持を受けるような政治を行ってきたのだ。

 故に有言実行を成してきた彼に期待を寄せる者たちは多い。


 ――『日本の登り竜』――


 メディアでも定期的に彼の特集が組まれ、世界に誇れる日本人の一人として名を挙げている。

 そして原作でも彼なくして物語は語れないほどに重要なキャラクターでもある。


 何せダンジョン対策として、【異界対策局】を設立した張本人でもあるし、今後も大きなイベントに必ず介入してくる存在だからだ。


「……そうか、竜悟さんが。なら納得もできるか」

「? どういうことですか、修一郎さん?」


 彼が納得できるという言葉の真意を知りたいと思い尋ねた。


「ああ、彼――この国の総理大臣はね、ダンジョンに対し並々ならぬ執着心を持っているからね」

「執着心……ですか?」


 その問いに対し「ああ……」と力なく返事する修一郎の表情は、どこか悲痛なものを感じた。詳しいことを長門から聞いていないが、修一郎のその様子から察して、世仏には間違いなく暗い背景があることを理解できた。

 ここで尋ねるよりは、あとで長門から聞いておくことにした。


「……あの人が設立した組織だから、織乃……お前も支持することにしたわけだな?」


 修一郎の言葉に対し「その通りです」と真顔で答える織乃。


「やはりあの時のことをお前もあの人も……」

「確かにあの時のことがあったからこそ、総理と手を結ぶ決意をしました。それがきっかけだったのは間違いありません。ですが今はそれだけではありません。かつてダンジョンブレイクと戦ってきたあなたなら理解できるはずです。あの時のような悲劇を繰り返さないためにも、我々は一刻も早く戦力を集めないといけません」

「そのために勇者やその候補であるこの子たちを確保しようとしたわけか」


 修一郎も、そしてその隣で静かに座している彼の妻であるユキナもどこか苦々しい表情を浮かべている。

 明らかに空気が重くなっているところに、沖長の母――葵が「あのぉ……」と声を漏らす。ハッとした織乃が「何か?」と視線を葵へと向けた。


「えっとですね、そのダンジョンというのが沖ちゃんやナクルちゃん、それに蔦絵ちゃんだけしか挑戦できないってことは本当なんですか?」

「その認識で間違っていません。本当なら我々大人が対処するべき事案であることは重々承知しております。しかしながら我々では手が出せない領域なのです」

「それって本当にこの子たちがしなくちゃならないことなんでしょうか?」

「と、申しますと?」

「他に……大人で勇者さん? は、いらっしゃったりしないんでしょうか?」


 当然その疑問が出てくるだろう。何せ現状ダンジョンに入ることができているのは子供たちだけなのだ。蔦絵にしても成人未満なのだから。


「かつて二十代を越えた勇者の方も存在しました。ですから目下捜索中でもあります。ただ、勇者やその候補たちは稀少であり、捜索にはどうあっても時間がかかってしまいます。その間にダンジョンブレイクが起きれば、対応に追わざるを得ません。放置すれば、ダンジョンから妖魔と呼ばれる害獣が現れ、人々を襲撃してしまいますので」

「け、けどここに出てきたその妖魔というのは、勇者じゃなくても倒せるって聞いたんですけど……」

「その認識も間違ってはいません。ですが、元を……ダンジョンそのものを消滅させない限り、無限に妖魔が湧いてしまうのです」


 確かに外に出てきた妖魔なら修一郎たち強者がいれば討伐することは可能だ。しかし敵は無限に湧いてしまう。対して応対する者たちの体力や物資は無限ではない。 

 いずれ底が尽き妖魔の群れに飲み込まれてしまうだろう。さらに時間をかけていると、別のダンジョンが発生するかもしれない。そうなればそこも同様に対処する必要があり、それではこちらが一方的に消耗するだけ。


「情けないことですが、我々は勇者やその候補たちに頼るしか手段はないのです」


 そんな織乃の言葉に、彼女の隣に座っているあるみも申し訳なさそうな表情を見せ、修一郎たちも自身の無力を嘆いている感じだ。


(また空気が悪くなったよな……まあ、良かった試しはなかったけど)


 思わず溜息が漏れ出るような空気感の中、それを一掃するかのような声音が響く。


「それじゃ、ボクとオキくんがダンジョンをどうにかすればいいってことッスね!」


 ――ナクルだった。陽気に発せられた言葉に、大人たちは全員が呆気に取られてしまっている。


「……おいおい、ナクルや。ちょいと空気を読みなさい」

「へ? どういうことッスか、オキくん? ボク、何か変なこと言ったッスか?」

「いやまあ……別に間違ってはないと思うんだけどさぁ」

「間違ってないなら正しいってことッスね! よーし! ボクとオキくんならどんなことだって乗り越えられるッス! だから任せてほしいッス!」

「いやだから…………はぁ」


 どうもこの子は真っ直ぐ過ぎる。恐らく困っている織乃たちを見て、何とかしてあげたいと思っての言葉なのだろう。

 子供ならではというか、ナクルだからこそとでも言おうか。


「ナクル、勘違いしてはダメよ」

「え? つ、蔦絵ちゃん?」


 それまで黙していた蔦絵が厳しい目をナクルに向けたことで、ナクルが言葉に詰まったような顔を見せた。しかし蔦絵はフッと笑みを零しながら言う。


「あなたたちには私もいる。そのことを忘れてはいけないわ」

「蔦絵ちゃん! はいッス!」


 そうだ。原作とは違い蔦絵が一緒に戦ってくれることは何よりも心強いことでもあった。




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