第105話
銃口を当てられた下手なことができない男は、冷静さを取り戻したような表情を浮かべると、そっと沖長を下ろして両手をゆっくり上げた。そしてそのままの状態で「申し訳ございませんでした」と口にする。
(おいおい、子供の前で銃とか見せるなよな……)
そのせいかナクルは「あ、あれ本物ッスか……?」と若干怯えている感じだ。
あるみが他の者たちに「この方を連れて行ってください」と指示を出すと、呆気に取られていた男たちがハッとして問題を起こした男をこの場から離脱させていった。
「本当に申し訳ございませんでしたっ!」
これまで以上に深々と頭を下げるあるみに対し、沖長としても少し言い過ぎた面もあると自覚しているし、別に怪我一つないので「別に構いません」と言おうとしたが……。
「オキくん、この人たち……ぶっ飛ばすッスか?」
「主様に手を挙げようとはのう……滅ぼされるのは覚悟の上じゃろうなぁ」
若干二名が今にもあるみたちに飛び掛かろうとする勢いだったので、慌てて沖長が落ち着くように言い聞かせることになった。
しかしこれで【異界対策局】への信用度が著しく降下したことは、ナクルを組織に奪われたくない沖長にとっては上々の成果だったといえよう。ナクルだって嫌いな組織に身を置きたいとは思わないだろうし。
明らかにこの場は分が悪いと悟っているのか、あるみも意気消沈の様子で、これ以上は無理に勧誘などはしてこないはず。
とはいっても貴重なナクルと千疋という存在だ。時間を置いてまた出向いてくる可能性は否定できない。
これ以上ここにいては、向こうも何かしらの手段を講じてくるかもしれないと判断したので、早々にこの場を去ることを決める。
故に今度は筋を通すことを願うと伝え、沖長は二人を連れて足早に屋内へと向かう。さすがに追ってくる様子はなさそうなのでホッとしつつも、このことを一刻も早く修一郎たちに伝えた方が良いだろう。すぐに帰宅の準備をすると、そのまま真っ直ぐ学校を後にした。
少し歩いたところで千疋とは分かれることになったが、そこからは何もトラブルは起きずにナクルの家まで辿り着けた。
途中、長門からメッセージが入っていたが、急を要するものではなかったために帰宅してから対応することにする。
そしてすぐに修一郎と会い、今日遭遇したイベントについて話すことになった。
「――そうか。まさかこれほど早く次のダンジョンが発生したなんて」
修一郎曰く、自分たちが対応に追われていた過去は、ダンジョンが発生した後、次に新たなダンジョンが発生するのは数週間ほど先だったという。
ずっとそのパターンが続いていたのかという沖長の問いに対し、「いいや、徐々に発生間隔が短くなっていったよ」と答えた。
どうやら初期段階では、数週間の間隔があったらしいが、それも時が経つ度に狭まっていき、最終的には数時間後にはまた新たなダンジョンが生まれるといった状況へと変化していったという。
これを修一郎たちは〝ダンジョン活性化〟と呼び、それに比例して妖魔の数や質が向上し、難易度が上がっていったらしい。
(何かゲームみたいな設定だよなぁ)
反射的にそう思ったのはきっと沖長だけではないだろう。初期の敵は弱く、そして徐々に強くなっていく有様は、まるでRPGのような王道な流れを汲んでいるように思われる。
そもそもダンジョンという存在は今も解明されておらず、何故発生するのかも謎。だが沖長は知っている。いや、長門からの情報で正解に辿り着いていた。
しかしその正解を知ったとて、今の沖長に何ができるわけでもないし、他の者たちにもどうすることもできないので様子を見守ることとした。
「それにしても【異界対策局】……か」
「修一郎さんはご存じなんですか?」
「少なくとも俺がダンジョンブレイクに対応していた頃には存在していなかった組織だね。ふむ……」
渋い顔をしながら、あるみから渡された名刺に視線を落とす修一郎。
彼の言ったことが正しいなら、【異界対策局】という組織は最近設立されたのだろう。
「内閣……あの人が管理している組織か」
そう呟く修一郎の表情はどこか懐かし気な色があるが、どこか複雑な感情が込められているように見えた。
(もしかして総理大臣と知り合いなのかな?)
それはこの国のトップと繋がりがあるということであり、前世ではそのような背景を持っている人物と会ったことがなかったため少しだけ興奮するものを覚える。
ただ、その表情から察するに、おいそれと追及できそうにない事情がありそうだが……。
「修一郎さんも知らないとすると、その組織自体、実は存在してなくて俺たちを騙そうとしてることも考えられますよね?」
実在していることは知っているが、修一郎の考えを聞きたいがためにそんな質問を投げかけた。
「そうだね。聞いたことのない組織でもあるし、普通は警戒に値する組織だろう。しかし学校の屋上に姿を見せたということは、それなりに権力を持つ組織だという証にもなる」
「なるほど……」
確かにこれが人気の少ない場所でのことなら後ろめたいものを抱えた組織である可能性が高まるが、向こうは恐らく学校内に入ることを理事長に許されている。ということはそれだけ説得力のある証明を有していることに外ならない。
つまり理事長が納得できるほどの公的な信用があるということ。それを修一郎はしっかり見抜いている。
「しかし何だね……沖長くんの言う通り、あまり歓迎したくない者たちでもあるのは確かだよ」
ズズズ……と、修一郎から黒いものが滲み出てくる。それは彼が静かに怒りを震わせている事実だった。
「何人もの大人が集まって、保護者をすっ飛ばして子供たちだけに話を通し、あまつさえ会社まで来いとは。しかも何だい、子供に手を上げようとまでしたというじゃないか」
やはり引っ掛かるか。子を持つ親なら当然だ。明らかにあるみたちの対応は間違ったものだったのだから。
「これは次にここに来た時に、しっかりとお話をするべきみたいだね。いやぁ、その時が実に楽しみだよ、フフフフフ……」
どす黒い笑みを浮かべる様は、普段の優しい彼からは程遠いほどの恐怖をもたらす。
(これは……当日血の雨が降らないといいけど)
ちなみに沖長はこの話を両親にも話したが、修一郎と同じように黒くなっていたことを伝えておく。
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