第104話

【内閣府・特別事例庁・異界対策局】――この言葉を聞くのは初めてではない。事前に長門から聞いていたからだ。


 内閣府と呼称されていることから、この機関のトップに立っているのは内閣総理大臣であり、つまりは国家代表主導のもと設立されたというわけだ。


 そして複数ある機関のうち、その一つである特別事例庁。その中に属する【異界対策局】というのは、文字通り地球とは異なる世界に対しての対応策を考え実行する場所であり、当然ながら前世にはなかったはずのもの。

 この異なる世界というのは、もちろんダンジョンのことだ。


 つまりはこの女性――大淀あるみという人物が所属する機関の目的は、ダンジョンに関してあらゆる方向から調査・分析し、また地球を脅かす存在に対しては戦力を投入して対応すること。


(原作じゃナクルが所属する機関……だったよな)


 そう、ダンジョンに挑むことができる貴重な勇者であるナクルは、この【異界対策局】にその身を置くことになり、発生するダンジョンの攻略に勤しむことになった。

 ただ組織である以上は、様々なしがらみなども存在しており、まだ子供であり世間知らずだったナルクには、なかなか溶け込むことができない場所でもあったのだ。


(そういえばナクルが勧誘をされるのも同じ時期だったっけ)


 ということは自然の流れだと、このままナクルは機関に所属することに繋がる。 

 だがすでにイレギュラーは幾つか存在し、まず沖長と千疋がこの場にいることが大きな違いであり、どういうルートに落ち着くかは定かではない。


 ただ沖長としてはあまりおススメすることができない機関でもある。実際、原作でもナクルの家族らは反対していたらしい。当然だ。可愛い愛娘が、大人だらけの職場にたった一人で乗り込んで、さらにはダンジョン攻略を仕事としてさせられるのだ。

 もちろん相応の見返りはある。莫大な報奨金もそうだが、局内では英雄と称されちやほやもされるし、何不自由のない生活だって送れる。


 しかし常に命の危険と隣り合わせになるのも事実。中にはナクルの存在を疎ましく思う連中や、ナクルが生む出す利という甘い蜜にたかってくる者も出てくる。利用し利用され、時には騙されることもあって、それが悲劇へと繋がることだってあるのだ。


 そんな場所に、どうして可愛い妹分を送りたいだろうか。


「ふむ、その【異界対策局】とやらがワシらに何用かのう?」


 相手がどのような立場であれ強気に出られる千疋の存在は正直に言ってありがたい。


「そ、そうでしたね! おほん! えと、実はですね、あなたたちにはこれからわたしの上司である局長と会ってもらいたいんです」

「ほう、会ってどうしろと? そもそも話があるのならば、そちらから出向くのがマナーではないかのう?」


 その言葉に、スーツ姿の男たちがムッとした表情を浮かべ「何を子供が偉そうに――」と口にした直後、あるみが彼らに向けて手を挙げて制止をかけた。そして真っ直ぐ千疋を見据えて話す。


「仰られることはもっともです。不躾な要求となったこと、深くお詫び申し上げます」


 そう言って丁寧に一礼をした後、顔を上げてそのまま続ける。


「では後日、そちら様の良き時間帯に弊社までお越し頂けるというのはいかがでしょうか?」

「この期に及んでそちらが出向くというのは無いということかえ?」

「局長もでき得る限りそうしたいはずですが、つい先日のダンジョン発生から世界各地で次々とダンジョンが立て続けに発生しており、それはこの日本でも同様で、その対応に手を抜けず、局長が局から離れられない日々が続いております」


 あの旅館での一件。つまり原作開始から、知らぬ間に世界中でダンジョン発生が起こっているらしい。それにしてもSNSなどで情報が流れて来ないということは、各国がそれぞれ秘密裏に対応しているのだろう。


「故にお手数かもしれませんが、どうか足をお運び願いないでしょうか?」


 周りの男たちと違い、この大淀あるみという女性は幾分礼儀を重んじていることは分かる。それに勇者集めに必死な様子も伝わってきた。

 それだけダンジョンが発生しているなら、一刻も早く対処することができる人材は手にしたいだろう。何せ本格的なダンジョンブレイクが起これば、そこから次々と妖魔が溢れてきて人間社会を脅かす。 


 修一郎などのオーラを扱えるような人間ならば、妖魔を打ち滅ぼすことは可能だが、根本であるダンジョン主を倒さないと亀裂は消えない。そして主を倒せるのは勇者だけとなれば、ナクルの存在を決して無視はできないはず。


「ちょっと待ってください。マナーというのでしたら、こうしてここにいること自体がマナー違反だと思いますが」


 そう言葉にしたのは沖長である。全員が突然発言した沖長へと視線を集中させた。


「マナー違反……ですか?」

「そうです。あいにく僕たちはまだ成人もしていない子供でしかありません。そんな僕たちに、これだけの大人を集めて威圧的に要求してくる。気の弱い子供なら、その勢いで気持ちとは逆の返事をしてしまうことだって有り得る。もしかしてそれが狙いですか?」

「そ、そんな! わたしたちはそんな横暴なことは――」

「結果的に横暴になっているということです」


 容赦のない沖長の言葉に、大人たちがたじろぐ。


「筋を通すのなら、まずは保護者に話を通すべきです。それを飛び越えて子供だけに話をもっていくなど、常識のある大人がしてはいけないことかと」


 原作でもナクルは、この状況で一人だった。そして困っている人がいるならばと、家族を交えずに一人で答えを出してしまったのだ。

 しかもその時のキラーワードは確か『七宮蔦絵のような不幸な少女を出さないために』だったはず。


 その言葉を受け、ナクルは悲痛な面持ちを浮かべながらも、今後誰かに訪れる悲劇を少しでもなくせるならと組織に身を置くことを承諾したのである。

 確かに大淀あるみは良い人そうには見える……が、それでも現場で指揮官を任されるほどの実績や強かさを持っているはずだ。


 子供相手に言い含めてしまうだけの話術は持ち合わせているだろう。

 沖長の正論過ぎる発言に、あるみは喉を詰まらせたような表情で困っている。すると、我慢しきれなくなったのか、先ほどあるみに制止させられた男が前に出た。


「ガキのくせに生意気な! こっちは世界の危機なんだ! ガキは黙って大人に従っていればいいんだよ!」


 言うに事欠いて超絶なパワハラ発言をしてきた。これには当然沖長は黙っていられない。


「大人だから偉い? 子供だから従わないといけない? 子供にだって主張する権利はあるし、納得できないことには歯向かうことだってある。それは大人とか子供とか関係なく、人間誰もが持っている自由な権利だ!」

「貴様ぁっ! あまり大人を舐めるなよ! 我々がどれほどまでに祖国の安寧に心を砕いているか分からぬ分際で!」


 あろうことか沖長の胸倉を掴んで持ち上げてきた。


「オキくん!?」

「主様!?」


 慌てて二人が動こうとしたが、今度は沖長が手を挙げて二人を制止させた。そして目の前の男に向かって自分の言葉をぶつける。


「祖国の安寧……ね。だったら国の宝であるはずの子供に手を挙げる今のアンタは本当にその言葉に誇りが持てるのかよ!」

「っ……それは……」

「少なくとも、アンタの愛国心は歪んでるようにしか見えねえ!」

「き、貴様ぁぁぁっ!」


 男が拳を振り上げた瞬間、男の動きがピタリと止まった。その理由は、彼の後頭部に銃口が当てられたからだ。


「今すぐその子を下ろしてください。これは命令です」


 そう、それまで打って変わった険しい顔つきをした大淀あるみによって。



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