第103話
体力はまったくもって消耗していないが、何故か度々沖長を取り合うように言い争うナクルと千疋の間に挟まれて精神的に疲弊したので、早く家でゆっくりしたいと思いつつダンジョンを後にした。
だが見慣れたはずの学校の屋上風景を目にしギョッとしてしまった。
その理由は、亀裂があった目の前に黒スーツを着用した人間が複数待ち構えていたからだ。教師ではない。まるでどこぞのSPかのような雰囲気さえ纏う物々しさを放つ者たち。
だから思わず沖長は警戒度を高めナクルの前に立つ。
(何だコイツら……?)
明らかに全員の視線がこちらに向いている。敵意……とは違うものの、決して好意的とは思えない感じである。
「ん? 何じゃお主らは?」
そこで普段通りの様子で千疋が問う。彼女はそれほど警戒していないようだ。ただ怪しくは思っているのか怪訝な表情ではあるが。警戒していないのは、彼らが襲い掛かってきても自らの力で対処できると確信しているからだろう。
すると黒スーツの男たちの一人が前へと一歩出て口を開く。
「我々は――【異界対策局】に所属している。君たちからダンジョンについて話を聞くべく足を運んだ。とりわけ……君の話をな、十鞍千疋」
「……ほう。そういえば十年前ほどにそのような機関が立ち上がったという話は耳にしておったが」
どうやら千疋には心当たりがあったようだ。
「これまで君の消息を探っていたがついぞ見当たらなかった。一体どこに雲隠れをしていたのか」
「クク、それを素直に口にすると思うかえ?」
「…………とにかく来てもらいたい。無論、そこにいる他の二人も一緒に」
「それを断るとどうなるのかのう?」
「君たちにとって都合が悪くなることも考えられるだろう」
その言葉を聞き、千疋が若干顔を俯かせて低い声で笑う。そして不敵な笑みを浮かべたまま男たちを睨みつけながら言う。
「調子に乗るでないわ、小童どもが」
瞬間、千疋の全身からオーラが吹き荒れ、その圧力に吹き飛ばされないように必死で男たちが踏ん張る。
「ぐっ……我々は日本国――政府直轄の機関であり、この行動は政府の意思でもある! これ以上歯向かうのであれば――」
「どうなるというのかえ?」
明らかに怒気を膨らませた千疋のオーラがさらに濃密になり、それをまともに受けている男たちの中から、嘔吐したり意識を飛ばしてしまう者たちが出てくる。
(す、すげえな……)
指一つ触れずに、大の大人を無力化していく様子は、まさしくファンタジーでこそ成せる所業だった。同時にオーラの有用性も実感することができた。
(けれど今、政府直轄とか言ってたけど……まさかコイツらが?)
彼らの正体に感づいた沖長ではあったが――。
「――――――す、すみませぇぇぇ~ん!」
突如、屋上の入口の方から間延びした声が響く。
何とも場違いな緩い声音に、千疋も虚を突かれたような表情になりオーラの放出が収まる。
そして声の主を全員が視界に捉えた。
「お、遅れてしまって申し訳ありませぇぇぇ~ん!」
現れたのはグレーのオフィススーツに身を包んだ二十代の女性。
緩やかなウェーブがかかった髪を腰まで伸ばし、顔には厚底の丸眼鏡がキラリと光っている。だが最も特徴的なのは――。
(お、おお……揺れとる)
真っ先に視線が向かうのは、彼女の胸部。女性の象徴であるソレは、凡そ今まで出会った女性と比べても比較にならないほどの大きさをしていた。
歩く度にボヨンボヨンと揺れる様は、別に興味はなくとも注視してしまうほどの破壊力が備わっている。
「……オキくん、どこ見てるんスか?」
背後から聞こえてくるナクルの声。どこか冷たさを感じて背筋がひんやりとした。
故に慌てて視線を女性の胸元から逸らす。
「わわわ! これどういう状況なんですかぁ!? 何で皆さん倒れて……もしかして持病でもあるとか!?」
倒れている男たちを見て戸惑いを見せる彼女に、まだ立っていた男の一人が耳打ちをした。恐らく現状を説明しているのだろう。
その様子から女性が男たちの仲間であることは明白。
「ふんふんふん……なるほどぉ~、そういうことでしたかぁ」
納得して大きく頷いた女性が、おほんと咳払いをすると、ゆっくりと沖長たちの目前まで出向く。
その真剣な表情を見て、また千疋と衝突するかもと身構えていると、不意に女性が深々と頭を下げてきた。
「この度は、我が局の者たちが無礼を働き申し訳ありませんでした」
素直な謝罪に千疋も拍子抜けしたように鼻を鳴らす。
「……説明をしてくれるんじゃな?」
そんな千疋の問いに対し、顔を上げた女性は「もちろんです」と言い放つ。
そして懐に手を入れ、そこから一枚の名刺を取り出して差し出してきた。
それを受け取った千疋が、そこに書かれている内容を見る。沖長も彼女の傍に寄って確認した。
そこには確かに先ほど男が口にした【異界対策局】という文字が記載されており、驚くのはそこに【内閣府・特別事例庁】と書かれていることから、それが事実なら政府直轄というのは事実ということ。
次いで、女性が背筋を正して名乗りを上げる。
「初めまして。私は【内閣府・特別事例庁・異界対策局】、現場捜査指揮官を務めさせて頂いております――
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