第101話
直接会ったこともないはずなのに、まるで自分のことを熟知しているかのような赤髪少年の口ぶり。それに対し、明らかに警戒度を跳ね上げている千疋。
そのやり取りに沖長は苦い顔を浮かべてしまう。まさか赤髪少年が何の考えもなしに、自分が転生者だと宣言するのではないかと思ったからだ。
そうなれば、自ずとイレギュラーである沖長の存在も明るみに出る可能性がある。もちろん赤髪少年の戯言だと切って捨てることもできるが、彼の発言があまりにも的を射過ぎると当然信憑性が増してしまう。故に厄介だと思い頭を抱える思いなのである。
「お主……何故ワシの名を……いや、呪いのことを知っておる?」
警戒でなく明確な敵意まで含んでいる。しかし赤髪少年は気圧されることなく、不敵な笑みを浮かべたまま答える。
「当然だ! 俺が手に入れたいキャラリストに、お前もまた入ってるからな!」
「キャラ……じゃと?」
ああ、これはダメなヤツだと溜息が漏れる。
どこの世界に、現実に生きている人間に対しキャラと位置づける奴がいるだろうか。まるでアニメや漫画に出てくる登場人物のような言い回しに気を良くする者はそういないはずだ。その証拠に、千疋の怒気が膨れ上がっているのを感じる。
「お主、何者じゃ?」
「おっと、そうだったな! いいか、よく覚えておけよ! お前の将来の旦那の名前なんだからな!」
「だ、旦那じゃとぉ……?」
さすがの千疋もドン引きな発言だったようだ。
だがそれに気づかずに赤髪少年は続ける。
「俺の名は――石堂紅蓮! 世界最強の勇者王になる男だ!」
まるでとある有名過ぎる漫画の主人公のセリフを口にするように胸を張る紅蓮。
(よくもまあ恥ずかし気もなくそんなことを言えるもんだな)
たとえそう望んでいたとしても現代世界で、そんな言葉を大々的に発表するなんて普通できない。たとえここがファンタジーの世界だったとしても、だ。
「なるほどのう。して、セキドウグレンとやら、何故お主がワシのことを知っておる? 初対面のはずじゃがなぁ」
「そんな小さいことはどうでもいいじゃねえか! すべては千疋、お前を蝕んでいる呪い! お前にとってはそれが何よりも大事なはずだ!」
決して小さいことではない気がするが、というツッコミを入れずに沖長は様子を見守る。
「どうだ千疋、俺のところへ来い! 今もまだ一人なのは知ってる! その孤独感をこの俺が解消してやるからよ! さあ千疋、俺とともに最強になってやろうぜ!」
「……うわぁ、何か物凄く痛い人ッスね……」
先ほどまで紅蓮に怒りを向けていたナクルだったが、彼の発言により完全に冷めてしまっている様子だ。
「おっと、心配するなよナクル! お前もだ! 一緒に来い! なぁに、二人ともちゃんと可愛がってやるからよ!」
「っ……キ、キモイ……ッス」
ナクルが気持ち悪がっていることが何一つ伝わっていないのか、自分に酔いしれている感じの紅蓮は満面の笑みを浮かべている。
「…………これほど」
「? ……十鞍?」
顔を若干俯かせてプルプル震え出している千疋の様子が気になり、思わず沖長は声をかけたが……。
「これほど……名を呼ばれて不愉快だと思ったことはないのう」
顔を上げてギロリと紅蓮を睨みつける千疋。さすがにその視線から不穏なものを感じたのか紅蓮の笑顔が固まる。
「ど、どうしたんだ千疋?」
「お主……それ以上、気安くワシの名を呼ぶでないわ」
「へ?」
「ワシの名を呼び、ワシを欲する男はこの世でただ一人だけ! それは決してお主などではないっ!」
直後、千疋の全身から凄まじいまでのオーラが吹き荒れる。それは先に見せた紅蓮とは、質も量も桁違いのもの。傍にいた沖長でさえ後ずさってしまうほどの圧力だ。
それと同時に、千疋の姿が消える。いや、消えたように見えるほどの高速移動で、紅蓮の懐へと飛び込んだのだ。紅蓮は一瞬のことで「ふへ?」と間抜けな顔で固まっていた。
「歯ぁ、食いしばれ小童がっ!」
言葉と一緒に繰り出される掌底。それが槍のように真っ直ぐ紅蓮の鳩尾にらへんに吸い込まれていく。
「ぐぼほはぁぁぁぁぁぁっ!?」
身体がくの字に折れ曲がり、そのまま弾丸のように弾け飛んで行く紅蓮。
(うわ……アイツ、死んだんじゃねえの?)
そう思ってしまうほどの一撃だった。余程紅蓮の振る舞いが気に入らなかったということだろう。
もっとも女子に対し、許可もなく自分のものみたいに馴れ馴れしく名を呼び、あまつさえ未来の旦那などと宣うストーカー野郎が好かれる道理もないだろうが。
ただ沖長としては紅蓮がその場から消えたことで、余計な疑念を抱かれる可能性がなくなったことにホッとしていた。
しかし安堵したのも束の間、突然地鳴りが起き始め全員がギョッとする。
すると地面が大きくボコッと盛り上がりを見せ、突き破るように巨大なナニカが姿を見せたのだ。
それはこのダンジョン内で遭遇した妖魔と酷似した姿。しかしながら明らかに違うのは、その全長である。
ナクルが退治した妖魔は大体一メートル未満くらいではあったが、姿を見せた存在は少なく見積もっても十メートルは越えていた。
「ちっ、間の悪いところへ」
千疋がそう言いつつ、沖長のところへ戻ってきて、ナクルもまた同じように駆け寄ってくる。
「お、オオオオオキくん! な、何かでっかくてでっかいのが出てきたッスよ!?」
「落ち着け、ナクル。まず間違いなくアレがダンジョン主だろう」
「そうなんスか!?」
「いや多分……だけど。十鞍はどう思う?」
「ふむ……ところで主様よ、いつになったらワシのことを名で呼んでくれるのかえ?」
「は?」
それこの状況で話すこと? とつい思考が止まってしまった。
「あ、そういやオキくん! いつの間にその子とそんなに仲良くなったッスか! お話を聞かせてほしいッス!」
しかもナクルまで場違いな要求をしてきた。
「いや、待て待て! 今はそんなこと言ってる場合じゃ――」
瞬間、巨大妖魔がけたたましい鳴き声を上げながら、その尖った頭部で以て突撃してきた。
このままではマズイと思った矢先――。
「「うるさいっ!」」
ナクルと千疋が揃って妖魔に突っ込み、同時に拳を相手の頭部に向けて放つ。すると妖魔の頭部が面白いように粉砕し、そのままの勢いで地面を転がるように吹き飛ばされた。
そしてそのまま身体が塵と化していき、その体内からコアが出現したのである。
(えぇ……)
ダンジョン主であるはずの存在を、たった一撃(正確には同時攻撃)で討伐せしめた事実に脱帽せざるを得なかった。
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