第97話

 視界が開けた直後、沖長は思わず息を呑んだ。

 何故なら目の前に広がっている光景が、前に見たものとは明らかに別物だったからである。


 以前は、土と岩という乾いた大地がただただ存在しているだけの無骨な世界だった。

 しかし視界に映っているのは、だだっ広い草原。どこまでも続くような緑色の絨毯が広がっている。時折岩や木々などが確認できるが、自然豊かに思えるここは、明らかに先の荒野とは真逆のフィールドだった。


「ん~、オキくん風が気持ち良いッスね!」


 暢気なもんで、ナクルは全身を撫でつけるそよ風に身を任せて頬を緩めていた。

 確かに空を見上げればちらほらと白い雲が泳いでいるが、晴れ晴れとした天気で清々しい。太陽のような物体もあり気候も穏やかだ。


 ここがダンジョンであることが忘れるほどの心地の良い空間である。ついピクニック気分になってしまうのも無理はないだろう。


「ナクル、ここがダンジョンだってことは忘れちゃダメだぞ?」

「! そうだったッス! けど……妖魔も見当たらないッスよ?」


 確かに彼女の言う通り、少なくとも見渡せるところには妖魔らしき存在はいない。


(けど羽竹が言うには、ここでナクルは妖魔と戦うはず)


 なら気を抜くことができない。沖長はいつ襲われても対処できるように警戒は怠らない。

 ただその場にジッとしていると、いつまでも攻略はできないので、とりあえずダンジョン主を探すべく歩き始めた。


 十分ほど歩いていると、ふと視線の先にあった茂みがガサッと揺れたのを目にし足を止める。

 ナクルも気が付いたようで、構えながらジッと茂みを見つめていた。


 すると茂みの中から現れたのは、明らかに異形な体躯をした存在だった。

 前に沖長が遭遇した個体とはまた別の形をしている。

 四足歩行ではあるが、頭部らしき部分が歪で鍵のようなガタガタになっており、間違いなくそれが妖魔だということは一目で判別できた。


「ナクル、臨戦態勢!」


 沖長の言葉にナクルは返事をして両者ともに身構える。

 するとこちらを敵と認識したのか、妖魔が素早い動くで迫ってきた。


「そのまま突撃してくるつもりか!?」


 確かにあの尖った頭部で突かれたら大ダメージは必至だろう。ただ動きは素早くとも単調な攻撃なので回避することは容易い。

 向かってきた妖魔に対し、二人は左右に分かれるように距離を取る。ピタリと止まった妖魔は、その意識をナクルへと向けて彼女に突進していく。


(妖魔はナクル狙いってことか)


 やはり勇者を先に討とうという意識があるのか、妖魔はこちらを完全に無視だ。


「なら逆に都合が良い! はっ!」


 《アイテムボックス》から取り出した千本を複数同時に投げつける。死角から襲い掛かる千本に気づかず、妖魔は攻撃を受けるが……。


(ちっ……やっぱ僅かに刺さるだけ、か)


 前の妖魔もそうだったが、外皮が異常に硬いせいか大してダメージが入らない。

 妖魔が沖長の攻撃を無視したままナクルへと飛びつく。やはりその頭部で刺殺しようとしているようだ。


「ナクル、気をつけろ!」

「これくらい大丈夫ッス!」


 飛び込んでくる妖魔の頭部を回避すると同時に、その腹部に向かって拳を突き上げた。すると妖魔は、拳をまともに受けて上空へと突き上げられていく。

 そのまま地面に落下した妖魔だったが、少しもがいただけでまた立ち上がる。どうやら致命傷には至っていない様子。しかし――。


「動きを止めてくれたならこれで終わりだ」


 以前倒した時と同じように、妖魔の頭上に巨岩を出現させて潰してやった。

 どれだけ外皮が固くても、これだけの質量で押し潰されればやはり一溜まりもないはず。


「やった! やったッスよ、オキくん!」


 嬉しそうにピョンピョン跳ねながらこちらにやってくるナクル。しかしその時、岩のすぐ近くの地面がボコッと盛り上がるのを沖長が見た。


「!? ナクルッ、後ろっ!」

「え……っ!?」


 地面から飛び出てきたのは、先ほどの潰したと思われた妖魔だった。

 咄嗟に駆け出していた沖長は、寸でのところでナクルを突き飛ばすことに成功するが、代わりに妖魔の突撃を受けてしまう。


 何とかギリギリで身体を捻って被害は最小限にできたが、背中に裂傷が走り血が出る。


「オ、オキくんっ!?」


 痛みに顔を歪めている沖長に駆け寄ってくるナクル。


「だ、大丈夫……これくらいなら問題ないって」

「で、でも! ボクが油断したから!」

「それを……言うなら……俺だって倒したって思っちまってたし」


 前に潰した時は、地面が硬い岩盤のようだった。しかしここの地面は柔らかい。恐らく潰される前に地面に潜って回避したのだろう。


(思ったより知恵も回るってことか)


 そんな回避行動をするとは思っていなかった自分が悪い。反省すべき点である。


「…………くも」

「……ナクル?」


 彼女を見ると、両拳を強く握って震わせていた。その表情は彼女に似合わず怒りに満ちていた。

 そしてナクルはキッと妖魔を睨みつけて、


「……よくも……よくも、ボクの大切な人を傷つけたッスねっ!」


 怒鳴ると同時に、彼女の全身から凄まじいオーラが噴き出た。


「――ブレイヴクロスッ!」


 そう口にしたナクルの身体が眩い輝きを放ち、オーラがその姿をライトアーマーへと変わった。

 妖魔がナクルの気迫に押されてか動けずにいると、その隙を突いてナクルが駆け出す。


 しかし妖魔が逃げるように地面へと潜ったことで、ナクルが目標を失ってしまう。


(なるほど、あの妙な頭部はドリルみたいに活用することもできたんだな)


 どうやって地面を掘ったのか理解できたが、地中にいる敵をどうすればいいかナクルは悩んでいるようだ。

 するとまたナクルの背後から奇襲をかけようと飛び出てきた。


「――そこッス!」


 しかし死角を突かれたばずのナクルは見事に反応し、振り向き様に回し蹴りを放った。

 その一撃には凄まじいオーラが込められており、まともに受けた妖魔の身体は粉砕することになったのである。


「――押忍っ!」


 バラバラになり、そしてそのまま塵と化した妖魔を見てナクルが勝利の声を上げた。




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