第98話
「オキくん、怪我は大丈夫ッスか!?」
戦いを終えたナクルが慌てて駆けつけてきた。
「おう、悪いけどこれで血を拭いて薬を塗ってくれ」
背中だから一人では治療もままならない。故に《アイテムボックス》から取り出した清潔なタオルと塗り薬にガーゼとテープをナクルに手渡した。
傷の手当ては二人とも慣れている。何せこれでも古武術を習っている上、怪我だって珍しくない。だから両者ともに傷にも血にも同年代と比べると慣れている方だろう。
「……あれ?」
「ん? どうした、ナクル?」
沖長の背中へと回ったナクルが不思議そうな声を上げたので尋ねてみた。
「えっと……オキくん、血ならもう固まってるというかこれ……治りかけてるみたいッスけど?」
「え……マジか」
実は沖長は自分の身体が異常にタフで治癒力も高いことは、この数年で気づいていた。切り傷や打撲痕も、一日経てば目立たなくなる程度には治っていたからだ。
恐らくこの丈夫さも転生特典のお蔭なのだろうが、さすがに今回受けた傷は大きいと思い治るのも数日以上はかかると思ったのだが……。
「でもこれならすぐに治りそうで良かったッス!」
ナクルは喜んでくれるが、沖長としては野生の獣並み……いや、それ以上の自己治癒力の高さに若干引いている。
(ま、まあ……一応メリットではあるんだけどな……)
武術を志す者としてもありがたい恩恵ではあるが、仮に腕が切断されても生えてくるようなら、それはそれでもう人間を止めているので自重してもらいたい。
一応ガーゼを当ててテープで止めるだけにしておいた。
さて、妖魔を倒したはいいが、肝心の主はいまだ姿を見せない。
「そういえばナクル、そのアーマー姿だけど、動きにくくはないのか?」
「ぜんっぜん! むしろ身体が軽くなって力も溢れてきてるッス!」
なるほど、このライトアーマーは身体能力を向上させてくれる効果もあるようだ。
(にしてもコレが……〝ブレイヴクロス〟か)
長門から聞いていた勇者だけが装着することを許されたライトアーマー。
各々勇者によって形は異なっているが、ナクルのソレには特徴的な部分がある。
両拳に備わったガントレットグローブと、兎の耳を模したようなヘッドギアだ。
この《ブレイヴクロス》は、生物を象ったものだという話である。
ナクルのソレはヘッドギアで分かると思うが――〝兎〟。より正確に言うならば〝白兎〟らしい。
――《ブレイヴクロス・ホワイトラビット》――
それがナクルのクロスの正式名称とのこと。
(クロスにはそれぞれ特化した能力があるって話だけど……)
長門から聞いた話を反芻しながらナクルを見つめていると、
「オ、オキくん……そんなジッと見られるとちょっと恥ずかしいッスよぉ」
頬を紅潮させながらナクルが視線を泳がせていた。
「あ、ごめんごめん。その姿、似合ってるって思ってさ」
「そ、そうッスか! えへへ、褒められたッス~」
本当に感情豊かな子だ。見ていて飽きない。
しかし原作では、この時期はまだ友達と呼べる者もおらず、ただただ蔦絵の死で心に傷を負った陰キャだった様子。それでも蔦絵の仇を討つべく立ち上がり、ダンジョン攻略へと臨んでいく。
(環境が人を育てるって言うけど、まさしくそれだよなぁ)
同じ人物であるはずなのに、現実と原作ではその性格に真逆とも呼べる差がある。別に陰キャが悪いといっているわけではなく、それも一つの個性なのは確か。
しかしその違いが、今後の原作でどんな影響をもたらすかは定かではない。そういう変化の可能性も考慮に入れた上で行動していく必要がある。
「ところでこれからどうすればいいッスかね?」
「ダンジョン主を見つけないといけないからな。そうだな……あそこの丘まで向かうか」
それなりに傾斜があり、丘のテッペンからなら周囲を広く見渡せると判断した。
しかし道すがらすんなりと行くことはない。
先ほどと同様の妖魔がまた姿を現して襲い掛かってきたのだ。ただ、《ブレイヴクロス》を纏ったナクルは凄まじく、ほとんど一撃のもと粉砕していく。
正直に言って沖長の出番は皆無。もっとも原作でもナクル一人で攻略していたようだから、沖長が何もせずとも問題は無いとは思うが。
するとその時、またも何かの気配を感じ取った沖長は、背後から迫ってくるソレに対し大きく飛び退いて回避した。
(今度は俺狙い!?)
そう思いながら避けつつ、体勢を立て直して攻撃がやってきた方角に顔を向けハッとする。何せそこに立っていたのは――。
「――ちっ、すばしっこい奴め」
またもやイレギュラーの一人――転生者の赤髪少年だった。
「毎度毎度ナクルと一緒にいやがって! てめえは一体何なんだよ! オラァッ!」
すでにキレている赤髪少年から、前に沖長が受けたオーラの塊が放たれてきた。
だが今度は当たってやるつもりはなく、ただ真っ直ぐに突っ込んでくるエネルギー体に対し、後方へ跳んでかわしてやった。
「くそが! ならこれでどうだ!」
赤髪少年の周囲にオーラの塊が幾つも出現する。
「ちょっと待て! 何で俺を攻撃する! とりあえず話を聞いてくれ!」
「黙れ! モブ風情がしゃしゃり出てくんじゃねえよっ!」
やはり話など聞くつもりはないらしい。こちらに向かって次々と弾丸のようにオーラが放たれてくる。
(ったく、しょうがない!)
回避ばかりだと体力が削られると判断し、向かってきたオーラのすべてを回収することにした。
だが当然自分のオーラが消失したことに赤髪少年はギョッとする。
「何だよ……何しやがったてめえぇぇぇっ!」
今度は直接殴り潰そうとでもいうように、勢いよく駆け寄ってきて拳を突き出してくる……が、
「――っ!? ナ、ナクルッ!? 邪魔をするんじゃねえ!」
そう、彼の拳をあっさりと受け止めたのはナクルだった。そしてそのまま腕を掴んで、
「オキくんに何しようとしてるんスかぁぁぁっ!」
叫びながら一本背負いの要領で放り投げた。
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