第96話
小学五年生になってクラス替えも行われたが、何の因果か毎回ナクルとは同じクラスになるが、そこにはどういうわけか金剛寺までオマケとしてついてくるのは勘弁願いたい。
それなのに長門とは一度も同じクラスにならないという不思議さもあり、沖長として金剛寺と交換したいくらいである。
特に金剛寺の姉でありストッパー役でもあった夜風も中学へと上がったので、今ではさらに好き放題になっている始末だ。
原作に関わることでは、長門が例の能力で金剛寺を抑えてくれるが、それ以外のプライベートは手助けしてくれないので、いつも絡まれて鬱陶しい次第である。
そして本日行われた体育の授業時、サッカーをやったのだが、そこで執拗に絡んできては自分が得点をしたら大いに威張ってくるなど、本当に転生者かと思うほどのガキっぽさをぶつけてきた。
相変わらず金剛寺を応援する女子たちで溢れ、男子たちは嫉妬の視線を金剛寺へと向けていた。そんな中でナクルはというと、沖長だけを応援してくれることもあり、それが金剛寺の怒りを盛り上げさらに絡んでくるという悪循環を生んでいたのである。
そんな必要以上に疲れる体育が終わり放課後になると、奇妙な感覚が校舎の屋上から感じた。
(!? この感覚は……ついに次のイベントが来たか)
現在教室だが、ちらほらとまだ生徒たちは残っているものの、多くの者はこの気配に気づいていない。
「オ、オキくん……この感じ」
「ナクル……ああ、あの時と同じだな」
それはダンジョンが発生した直後に伝わってきた感覚と酷似していた。そしてナクルもまた感じたということは間違いないだろう。
そこへ教室の入口から一人の少年が姿を見せる。
「どうやら時期のズレもなく進行してるみたいだね」
「……羽竹」
「あ、羽竹くん? いらっしゃいッス」
長門がいつものぶっきらぼうな表情で近づいてくる。
「羽竹くん、今ズレがどうのって言ってたッスけど、何のことッスか?」
ナクルが目ざとくと長門の発言に疑問を浮かべて尋ねた。
沖長は咄嗟に目線で注意をすると、長門は軽く肩を竦めると答える。
「何でもないよ。それよりも問題は……」
今度は長門の方が沖長に視線を向ける。
「そうだな。……ナクル、どうする? 気配は屋上からだけど……行くか?」
「えっと……オキくんはどうするんスか?」
やはり今のナクルの行動理由は沖長に傾いているようだ。こちらとしては楽ではあるが、あまり傾倒し過ぎると依存にもなるので、少し考えものかもしれない。しかし今はとりあえず原作に関してだ。
このまま放置することも当然できる。その場合は原作から外れたルートへとなってしまい、この先のイベントにも支障が起こり知識が役に立たなくなる危険性がある。
だとすれば危険度は低からずあれど、原作をなぞった方が今後も対処しやすいかもしれない。
「羽竹、お前は何しにここに?」
「なぁに、僕はただ久しぶりに君と話そうと思ってきただけだよ」
ということは、つまりダンジョンには向かわないということだろう。あくまでも自分たちがどうするか様子見をしにきたということである。できれば力を貸してもらいたいが、彼にとっての目的が別にある以上は無理強いすることはできない。
ということで、沖長はナクルとともに屋上へ向かうことになった。
幸い生徒はいなかったようだが、突き当たりのフェンスの手前には旅館で見たような亀裂が生まれていた。
「オキくん……あれってボクたちしか攻略できないんスよね?」
少し震えた声。もしかしたら蔦絵が犠牲になったことを思い出したのかもしれない。まだ子供でしかないナクルが恐怖に怯えるのは不思議ではない。
「ああ。勇者であるナクルや、その候補生らしい俺たちしかな。放っておいたら、あそこから妖魔が出てきて他の人間を襲う」
「そうなったら……ボクのお友達も襲われちゃうんスもんね」
「……怖いよな。やっぱり他の人に任せるか? 他にも勇者はいるって話だし」
「ううん! ボク、やるッス! だってオキくんも、一緒なんスよね! だったら絶対大丈夫ッス!」
「ハハ、信頼感パないな。けど、俺もナクルと一緒なら何とかなりそうな気がしているし、やってやるか!」
「はいッス!」
沖長にも恐怖は存在するが、それよりも原作をなぞらえたいという気持ちの方が勝っている。ナクルが本格的に勇者としての力を自覚すれば、彼女の自衛力も上がるからだ。
それに原作ではナクルは一人だが、今は自分がいる。サポート役として支えれば、原作よりも危険度は低くできるはず。
そうして二人は、ともに手を繋いだまま亀裂の中へと足を踏み込んでいった。
※
市内に聳え立つ高層ビル。
その四十八階の一室で執務を行っている女性がいた。
汚れやシワ一つない光沢のある紺色のスーツを着用し、黒革の高級そうな椅子に腰かけてパソコンを操作する姿はとても凛々しく、まさしくデキる女を体現している。
小顔で手足も細長く、胸部も男性の視線を集束させるだけの膨らみをしていて、ルックスにおいてモデルと見紛うほどに美しい。ただ、目つきだけは睨みつけているような強い眼光があって威圧感を覚えることだろう。
そこへ扉からノック音が響き、女性は「入れ」とだけ短く口にした。
現れたのはこれまたスーツ姿の女性だ。こちらは秘書然とした姿で、その手にはファイルらしきものを抱えている。その人物が軽く一礼をしてから口を開く。
「報告します。ダンジョンの発生が確認されました」
「! ……そうか。場所は?」
「市内の【六葉小学校】にある校舎の屋上です」
「はぁ……また厄介なところに。被害は出ているのか?」
「いえ、そのような報告は上がっておりません」
「ならまだ第二次ダンジョンブレイクは起きていないということか。しかしそれも時間の問題だな。現在手が空いている者は?」
「向かわせました。しかし攻略には……」
「分かっている。早急に勇者を確保したいが、こればかりはな……」
女性二人の表情が険しくなっている。
「とにかく今は情報を得るのが最優先だ。それに、例の子も報告されていることだしな」
「了解しました。では失礼致します」
そう言って女性は部屋から出て行った。
残った女性は、軽く溜息を吐きながらパソコンの画面を見つめる。
そこには日ノ部ナクルの写真と、そのプロフィールが書かれたものが写し出されていた。
「あの時から変わらず、結局我々は見ているだけか」
自嘲するような声音を響かせたあと、パソコンの電源を落としてから女性もまた部屋を出て行った。
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