第85話

 このえの言葉を受け、絶賛頭の中はプチパニック状態の沖長。それもそのはずだ。

 千疋が呪いを受けたと聞いてから、少なくともそれは十三年以上前に彼女をその身に受けたことを示していたからだ。


 加えて修一郎からも、十鞍千疋という存在が十三年前も勇者として活躍していたという話も聞いている。

 しかし千疋の見た目は自分と変わらないような見た目をしていることもあり、年を取らないような何かしらの影響をその身に受けていると考えた。そして呪いを受けたのが千疋だと聞き、それが不老に関することではとも考察したのだ。


 その喋り方もそうだが、纏う老獪な雰囲気などにも納得がいく。

 だがこのえは、千疋は十五年しか生きられないと口にした。これは一体どういうことなのか。それが真実とすれば、いつ呪いを受けたというのか。いや、そもそもの話、このえは千疋のことを幼馴染とまで言っていたはず。


 だからこそ様々な情報が矛盾を呼んで思考が纏まらない。そんなこちらの動揺を察してなのか、千疋自身が解明してくれることになる。


「そう難しく考えんでもええよ。ここにいるワシは間違いなく十鞍千疋じゃし、お主が聞いたであろう十三年に活躍した勇者である十鞍千疋とは別人のようなものじゃ」

「!? ……別人。ちょっと待ってくれ、なら呪いを受けたってのは? ダンジョンはつい最近……十三年ぶりに出現したって聞いた。俺たちが経験したあのダンジョンがそうなんじゃないのか?」


 実はそれは違っており、以前にもダンジョンが出現し、それが〝カースダンジョン〟であり、その呪いをここにいる十鞍千疋が受けたというならまだ理解できた。

 しかしそれを否定するかのように千疋は、沖長の言葉に同意する。


「その通り。お主が足を不意入れたダンジョン。恐らくあれが此度のダンジョンブレイクの始まりじゃのう」


 それはつまり、彼女はそれ以前にはダンジョンに入っていないということだ。いや、その前にあることを確かめておこう。


「……十鞍千疋、君は一体今何歳なんだ?」

「おやおや、女性に年齢を聞くなどマナーがなってないのう」

「こちとらお茶目で聞いてるわけじゃない」


 沖長の真剣な眼差しを見て、「そう怖い目をするでない、冗談じゃ」と軽口を叩くと、千疋が静かに唇を開く。


「十歳じゃよ。さっきもこやつが言うたであろう。ワシは幼い頃から、こやつとともに育ってきたと」


 このえが口にしたことに偽りはないと言う。


「おっと、追加で言うとくが、ワシ自身もこの間のダンジョンが初めての経験じゃぞ。一応のう」


 飄々とした佇まいではあるが、こちらを騙そうとしているようには見えない。このえも一切動揺していないし、それが真実なのかもしれない。


(十歳……つまり俺と同い年。そんでダンジョンに入ったのも先日が初めて? おいおい、訳が分からんぞ)


 彼女たちが言うことが正しいなら、呪いというのは〝カースダンジョン〟にしか存在しない。そして沖長たちが経験したダンジョンは普通だったはず。そもそもコアを掌握したのはナクルであり、呪いを受けるのなら彼女になるのだ。

 だからこそ矛盾が生じる。〝カースダンジョン〟に入ったことがない千疋が、何故呪いを受けることになったのか。


「……十鞍が受けた呪いってのは、間違いなく〝カースダンジョン〟で受けた呪いなのか?」

「うむ、間違いないのう」

「……それも十鞍自身が受けた?」


 こちらの確認に対し、二人ともが同時に頷く。


「どういうことだ? 〝カースダンジョン〟の呪いは、ダンジョンに入らなくても受けてしまうものなのか?」

「いーや、ワシの呪いは、間違いなく〝カースダンジョン〟の主を討伐したことによって、そのコアの浸食で受けた呪いじゃよ」


 益々分からない。難しく考えるなと千疋は言ったが、こんなもの困難過ぎて解明の糸口すら掴めないではないか。

 するとこちらの困惑する様子が楽しいのか、千疋はクスクスと笑うので思わず睨みつけてしまう。


「……千、あまり人をからかうのは……どうかと思うわ。彼には……協力を頼みたいのだから」

「おっと、そうじゃったそうじゃった。沖長よ、すまんのう」


 謝罪を受けて、沖長も怒気を少し収める。


「ちゃんと説明してくれ。協力するか否かはそれで決めたい」


 直感でしかないが、彼女たちは悪い連中ではないように思える。だから困っているなら力になるのは吝かではないが、ただ一方的に利用されるのは嫌だし、何も知らずに手を貸すのも勘弁だ。


 だからこそ彼女たちからできる限り情報を絞り出したい。それもきっと将来、ナクルのためになるだろうから。

 仮にそれでこちらを騙そうとしているなら、あとで長門と情報をすり合わして確認すればいい。そしてそれ相応に対処するだけだ。


「お主の疑問を解決するには、たった一つに真実を説明すればいいだけなんじゃよ」

「たった一つの真実? それは?」


 もったいぶったように間を取った千疋が、苦笑を浮かべつつその言葉を口にする。


「ワシには『継ぎ憶』という特別な力が備わっておる」

「つぎ……おく?」

「『継ぎ憶』……それは親の記憶を子に継がせる……力よ」


 その説明をしたのは、このえだった。当然まだハッキリと理解できていない沖長の様子を察し、そのまま彼女は続ける。


「つまり……親が死ぬ時に、そのすべての記憶が子へと注がれる」


 そこでハッとする。記憶とは経験とも言い換えられる。

 親が人生で経験したものすべてが、知識として子へと受け継がれるということは、それはどこか転生者――自分にも似た作用に思えた。

 沖長もまた、転生前の記憶を所持して生まれ変わったのである。


(なるほど。そう考えれば、十鞍千疋が醸し出す子供らしくない雰囲気やその喋り方は……)


 その受け継がれた知識によって表面化したものなのだ。


「まず言っておくがのう、この十鞍千疋という名もワシの本名ではない。初代勇者として活躍した十鞍千疋の名を引き継いでいるに過ぎないのじゃよ」

「……! つまり十三年前にも活躍した勇者というのは……君の親で、その知識を受け継いで生まれたのが、今代の十鞍千疋である君ってことか?」

「うむ、物分かりが良くて助かるわい」


 何ともまあ、想像以上の真実が飛び込んできたものだった。



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