第86話

「……ちょっと待ってくれ。だとしたら何か、君の親は十五歳で死ぬ前に君を生んだってこと?」


 別に子供を生めないということはないだろうが、それでも十五歳……いや、正確に言えば十四歳が終わるまでに子供を生むというのは何にしても早過ぎる気がする。


 もちろん中にはそういう人もいるだろうけれど、こうやって子孫が続いているということは、毎回毎回そういう早いサイクルで子を成しているわけだ。沖長が持つ常識からは離れた行為である。


 するとそれまで自分のことなのにどこか余裕さえ見せていた千疋の表情が初めて曇った。

 代わりに答えたのは、その幼馴染であるこのえだ。


「……この子は……普通に子供を生むことも……できないのよ」

「! ……それも呪いで?」

「そう……呪いのせいで通常の生殖能力が……機能していないの」


 チラリと千疋を見やると、これまたどこか悲し気に見える。そこでふと思ったことがある。

 長い長い十鞍千疋としての歴史の中で、彼女もまた恋愛だってしてきただろう。自分のすべてを捧げても良いと思えるような男性に出会ったかもしれない。 


 しかし愛する男性との間には子を成せない。さらには付き合ったとしても十五歳で別れてしまう。


(それは…………悲劇だな)


 正直に言って沖長は、そこまで誰かを強く思えるような恋愛をしたことがない。だから本当の意味で理解できるとは言わないが、きっと十鞍千疋の心は何度となく引き裂かれてきたことだろう。


 せっかく大切に紡いできた絆でさえも、呪いは容易くリセットしてしまうのだ。

 たとえ記憶を受け継いだとしても、それはもう別の人間だと千疋は考えているかもしれない。


「……じゃあ、どうやって子孫を残してきたんだ?」


 生殖能力が機能していない状況で、どうやって子を成して記憶を受け継がせてきたのか。

 そこからこのえが、十鞍千疋が辿った歴史を紐解いてくれた。


 十鞍千疋という人物は、この地球において初めてダンジョンが発見された当初に活躍した存在である。

 そこで他の人間とは違う特別な力に目覚め、周りから勇者と呼ばれるほどの活躍をしてきた。そうして初代勇者という冠を戴くことになったのである。


 しかしある時、十鞍千疋の目の前に新たなダンジョンが出現した。それが後に〝カースダンジョン〟と呼ばれるものだということを知る。 

 だが何の予備知識も持たない十鞍千疋は、いつものようにダンジョン主を倒して攻略した……が、ここでコアによる浸食を受けることになった。


 その直後に倒れた十鞍千疋は、三日三晩悪夢にうなされたという。

 悪夢の内容は、〝カースダンジョン〟がもたらす悲劇。それが数多の映像となって、十鞍千疋はまるで追体験でもするかのように見ていたらしい。


 そして目を覚ました時、自分がどんな呪いをその身に受けたのか熟知していた。

 当時すでに十四歳を迎えていた彼女は絶望に陥ることになる。何せ十五歳になった直後に死んでしまうことが分かっていたからだ。 

 またもう一つ、彼女を悩ませる呪いが存在していた。


 それは――。


「――十鞍千疋は単為生殖ができたのよ」

「単為……生殖? それってあれか? 母体のみで子を産むことができるっていう……」


 コクンとこのえが頷きを見せた。

 哺乳類において、次世代を残すためには精子と卵子が受精することが必須である。しかし動物の中には、たとえば蛇や鳥などであるが、体内で受精のような現象を引き起こすことで生殖が可能になるのだ。


 当然人間は哺乳類であり、そういった生殖力は持ち合わせていない。

 しかしそれが呪いによって可能だとするなら、確かにここに十歳の十鞍千疋がいる説明はつく。


「しかも……単為生殖は強制的に起きるのよ……死ぬ少し前に……ね」

「それは……」


 つまり十四歳くらいで強制的に子を生むことになるということだ。当人の想いなどを無視して。


「初代勇者……十鞍千疋は嘆いたそうよ……だって……」


 その理由、沖長も想像することができて言葉にできなかった。


「だって……自分が受けた呪いのせいで……子孫が永遠に……自分と同じ苦しみを背負うことに……なるのだから」


 その辛さはきっと同じ経験をしている者にしか分からないだろう。

 特に男の沖長は想像することもできない。女性にとって子を成すということは、自分の命を費やすことに匹敵するはず。


 激しい痛みや様々な葛藤の中で、それでも新しい命の……愛する己が子のためにすべてを尽くすのだ。そしてそれは女性にだけに許された愛の証明でもある。

 そんな神聖とも呼べるような行為を、まさに弄ぶような呪いだ。


 自身が受けた苦痛を、今後も子孫に受け継がせていかなければならない絶望さに十鞍千疋は嘆き悲しんだことだろう。


(……重いな)


 この物語はナクルが主軸であり、彼女にまつわる悲劇が取り沙汰されていると思っていたが、長門から聞いていた話を思い出して胸が痛む。

 登場キャラクターたちの中には、それぞれ抱える悲劇が存在し、ナクルとともに乗り越えていくのもまた『勇者少女なっくるナクル』の魅力だと。


 けれどそれはあくまで創作であり、身近なものでないからこそ視聴者の多くは感動する。もしナクルたちと同じ悲劇が自分の身に降りかかったらと考えると、そう簡単に称賛なんてできないのではなかろうか。


 沖長は改めて、キャラクターたちに振りかかる悲劇のことを考えさせられた。それは決して軽いものではなく、だからこそどうにかして防ぎたいと。それがナクルならば尚更に。


「…………事情は分かった」

「信じて……くれるのかしら?」

「正直十鞍たちが真実を話してるっていう確信はない。でも……そんな作り話をしてまで、勇者でもない俺を引き入れようとする理由もまた無いだろしな」


 実際何かしらの力を有していることは把握されているだろうが、だとしても情に訴え過ぎだ。それに話があまりにも突拍子でもある。騙すならばもう少し現実性のあるものに訴えかけるはず。


 それにこれは何となくでしかないが、彼女たちの瞳に嘘はないと感じた。もしかしたらこの直感が一番大きい理由かもしれない。


「それで……あなたはわたしたちに力を……貸してくれるのかしら?」


 問題はそれだ。話に嘘はないとしても、彼女たちと手を組むとなれば考えるべきこともある。特にナクルに関してだ。


「…………ナクルを巻き込まないって約束できるか?」



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