第84話

 またも耳馴染みのない言葉が飛び込んできた。


「ダンジョンの……ひほう? それって秘められた宝って意味の?」


 こちらの認識が合っていたようで、このえは小さく頷きを見せた。当然どういったものかを問い質すと、このえは淡々と語り始める。


「ダンジョンというのは……基本的に大きく分けて三つ……存在するのよ」


 それは難易度で別れているらしく、沖長が先日に足を踏み入れたダンジョンはもっともレベルが低く〝ノーマルダンジョン〟と呼ばれる。

 次にダンジョン規模、妖魔の数や質が向上した〝ハードダンジョン〟。

 最後に数は少ないものの、最上級の妖魔や主が存在するハードの上位互換である〝デビルダンジョン〟。


(あの蔦絵さんでさえ呆気なくやられたダンジョンが〝ノーマル〟なのかよ……)


 それは普通の人間が攻略できる代物ではないはずだ。

 そしてダンジョンは、それら三つがランダムに出現するとのこと。一番出現率が高いのが〝ノーマル〟であり、そこで手にできる素材なども大したものはあまりないらしい。


 人間の生活をさらに発展したいのならば、〝ハード〟以上のダンジョンを探求する必要がある。


「けれど極稀に、あと二つ…………出現するダンジョンがあるのよ」

「あと二つも?」

「ええ……一つは――〝カースダンジョン〟」

「カース……? デビルもそうだけど、ずいぶんと物騒な名前だな」

「そうじゃのう。お主の言う通りじゃ」


 それまで黙していた千疋が間に入ってきて、続けて説明をし始める。


「〝カースダンジョン〟とは、その名の通り呪われた迷宮を意味しておる」

「呪い……ね。まさか入った瞬間に呪われるとか言わないよな?」


 だとするならムリゲーにもほどがある。いや、こういう場合は攻略すれば呪いが解けるという設定があったりするが。


「入っただけでは呪いは降りかからん。しかしまあ……一度足を踏み入れた以上は、コアをどうにかせねば脱出はできんし、実質は入っただけで呪われるといっても過言ではないかものう」

「? それどういうこと?」


 ちょっと千疋の言っている意味が分からなかったので聞き返した。


「〝カースダンジョン〟は少々変わった特性があってのう。主を倒すと同時にコアもまた破壊せねば、コアが勝手に主討伐者に対して侵食し呪いを与えてしまうのじゃよ」


 千疋が言うには、普通のダンジョンは主を倒すことでコアが現れ、そのコアを破壊もしくは掌握すればダンジョンから脱出できる……が、〝カース〟の場合は主を倒した直後、コアが自動的に討伐者の身体に吸収され、その際に呪いを付加するのだという。

 呪いを受けないためには、ほぼ同時に主とコアを破壊する必要があるとのこと。


「なるほど。その呪いっていうのはどんなものなんだ?」

「すべてを……把握できてはいないわ。けれど……どれも人間にとっては最低最悪な悲劇を演出するものとだけ理解してくれればいいわ」


 千疋に変わり今度はこのえが説明してくれた。それを語る彼女の表情は一切変わらなかったが、瞳がどこか悲し気に揺れたのを沖長は目にした。


(悲劇……それも原作でナクルに降りかかるのか?)


 悲劇と聞くと、ナクルのことを思い浮かべてしまう。何せこの物語は、ナクルの悲劇が欠かせないとまで言われているらしいから。実際長門から聞かされた幾つかのイベントは、確かに目を背けたくなるようなものばかりだった。


 それらを回避するべく、沖長は長門と手を組んで事に当たろうとしているのだ。


「もしかしてその秘宝とやらが、〝カースダンジョン〟にあるってことか?」


 だとするなら全力でお断りしたい。そんな危険だけしかない場所に近づきたくはないからだ。しかしこのえは頭を左右に振って「違うわ」と言って続ける。


「呪いを受けてしまえば……解呪できる方法はたった一つだけ。それが……〝ダンジョンの秘宝〟なのよ」


 なるほど。話が見えてきた。つまりまだ説明されていないもう一つのダンジョンに秘密があるようだ。


「もう理解できていると……思うけれど、その秘宝があるのが……最後の一つ。そこには人々の……すべての理想が存在すると……言われている。その名は――〝ユニークダンジョン〟」


 確か〝ユニーク〟とは、珍しいやら唯一のなどといった意味合いで使われる言葉だ。


「ユニーク……ダンジョン。そこに秘宝が?」


 コクリと首肯したこのえを見て間違いないことを確認する。

 そのダンジョンは、たった一つしか存在せず、出現率もどのダンジョンよりも低い。そして一度攻略すれば二度と出現しないとも言われているらしい。


 ダンジョン内には、それこそ人間が渇望するような夢や理想が形になっているとのこと。もしその恩恵に与ることができれば、その者はすべての理想を叶えられる術を手にするという。


「……そっか。つまりその理想とやらの力で、呪いも解くことができる?」


 沖長の問いに、「……そう」と言って、千疋を一瞥するこのえ。先ほどもそうやって千疋の反応を見るような視線を送っていたが、一体何を気にしているのだろうか。

 しかしすぐにその視線の意味を知ることになる。


「さっき、君は俺に〝ダンジョンの秘宝〟を探してほしいって言ったよな? つまりは君に何かしらの理想があって、それを叶えたいってことか?」


 確信を突いた沖長の言葉に、このえは少し間を開けてから「その通りよ」と返事をする。そしてそのまま彼女は自身の理想を口にするのだ。


「わたしは…………手にしたい理想があるわ。そう……先ほども説明したけれど、わたしは〝カースダンジョン〟で呪いを受けた人の呪いを…………解きたいのよ」


 何となくそのような流れではないかと感じていたけれど、沖長は「誰の?」と尋ねた。

 するとこのえは、その黒い瞳を揺らし、真っ直ぐに――――千疋を見たのである。


「彼女の……十鞍千疋にかけられた呪いよ」

「!? ……十鞍が呪われてるってのいうのか?」


 実のところ話の流れから、このえ自身が呪われているか、その家族かとも思っていた。だから彼女は必死になって幻の秘宝を手にしたいのだと。

 しかしまさか千疋がその対象だとは考えてもいなかった。


(そっか。さっきからチラチラ十鞍に視線を向けてた理由は……)


 千疋こそがこのえにとっての話の主軸だったからだ。


(呪い……そういえば十鞍千疋は、十三年前にも勇者だったんだよな。けどこの見た目……どう考えても俺と同じくらいの年齢だ。それが呪いの仕業……?)


 もしかしたら歳を取らないといった感じの呪いかと勘ぐる。

 ただそう考えてみたものの、それが果たして呪いになるのか疑わしくもある。不老なんてそれこそ逆に理想とも言える現象だとも思えたからだ。


 そんな沖長の考えをぶち壊すかのように、このえから衝撃的な事実を聞くことになる。


「千疋は……その呪いのせいで……たった十五年しか生きられないのよ」




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