第83話

 改めて千疋の雇い主であろう人物を観察する。

 年齢は恐らく同年代くらいだと思う。


 腰よりもなお長い黒髪。サラサラで癖など一つもなく素直に綺麗だと思わせる美しさがあった。前髪は目元が少し隠れるところで切り揃えられている。そこから覗くこれまた漆黒の瞳は、若干垂れ目なので沖長は自分と似た部分に少し親近感が湧く。


 ただ病的なまでの白い肌に華奢過ぎる体格は、その雰囲気と相まって儚さを感じさせる。

 しかし一つ言えるのは、間違いなく美少女だということ。

 そんな感じに彼女を見ていると、向こうもこちらをジッと見返していることに気づく。


「…………えっと」


 何か喋ってくれると期待して黙っていたが、いつまで経っても口を開かないので困惑してしまう。

 すると助け舟を出してくれたのは千疋だった。


「お嬢、いつまでも緊張しとらんでとりあえず自己紹介したらどうじゃ?」


 その言葉に思わず、(え? 緊張してたの?)と内心で驚く。何故なら彼女の表情は一切変化がないからだ。まるで無感情のようにそこに突っ立っている。


「…………じ」


 しばらく待っていると、ようやく彼女が声を発したので注目する。

 だが何かを発する前に、そのままユラユラと幽鬼のように動き千疋の傍まで行くと、


「じ、自己紹介って何を話せばいいのかしら?」


 などと耳打ちをしていた。こちらは耳が良いので、その内容も聞き取れてしまった。だからこそ理解できた。


(この子……ただのコミュ障だ)


 他人との接し方が不器用な人物らしい。だからか、先ほどまで抱えていた強い警戒心が少しだけ緩んでしまう。

 千疋も呆れたように溜息を零すと、「まずは挨拶からでいいと思うぞ」とアドバイスを送った。その返答に「なるほど」と頷いたお嬢とやらは、再度沖長に視線を向けてくる。


「…………は……………………はじめまちぇて」

「「………………」」


 これはどう反応したらいいのか。明らかに噛んだことに、沖長も千疋も沈黙で返してしまったのだが。

 するとお嬢が顔を俯かせるとプルプルと全身を震わせ始め、次に物凄い勢いで本の山へと飛び込んでしまった。


「ええぇぇぇぇっ!?」


 唐突な奇行に叫ぶ沖長に対し、千疋は何が面白いのか大声で笑い始めた。だからかさらにお嬢は、本の中へと潜り込んでいく。

 恐らく噛んだことが恥ずかしかったのだろう。気持ちは分からないでもないが、初対面でそんなことをする方が恥ずかしいと思うが。


「ちょっ、十鞍! 笑ってないで何とかしてくれ!」

「カーッカッカッカ! やはりお嬢は愉快じゃのう!」


 ダメだ。完全にツボに入ったようで話を聞いてくれない。


(あーもう……しょうがねえなぁ)


 軽く溜息を吐くと、今度は沖長から声をかけることにした。


「えっと、初めまして」


 モゾモゾと、さらに本の奥へと向かおうとしていたお嬢の動きがピタリと止まった。こういう時は噛んだことに触れずに、さっさと本題に入った方が良いと判断する。


「できれば自己紹介したいから顔を見せてくれないか?」


 努めて穏やかな声音でそう問いかけると、お嬢がゆっくりと本の中から頭を抜いて静かに立ち上がり沖長と対面した。

 やはり表情の変化は見受けられないが、若干目が泳いでいる。あまり沈黙が続くと、また本の中に飛び込みそうなので……。


「俺は札月沖長。知ってるかもしれないけど小学四年生だ。君は?」

「……………………壬生島……このえ……。お……同い年……よ」


 物凄く声が小さくて普通は聞き取れないかもしれないが、沖長には問題なかった。


「ん、そっか。よろしくな」


 微笑みを浮かべて挨拶をすると、またお嬢……いや、このえがユラユラとその場から千疋の背後まで移動した。


「……ど、どうしよう千、思った以上に陽キャっぽいのだけれど?」


 そこまで陽キャのイメージがあるだろうか。普通に挨拶をしたつもりだけれど。というかどちらかといえば、前世では陽キャよりも陰キャ寄りな性格だったが。


「ったく、お嬢はしょうがないのう。沖長よ、もう分かっとると思うが、こやつがワシの雇い主であり、壬生島家の次女じゃ」


 一人ではまともに自己紹介もできないこのえに任せていたら、いつまで経っても話しが進まないと判断したようで、千疋が間に入ってくれた。こちらもその方が助かる。


「……雇い雇われだけの関係にはとても見えないんだけどな」


 利害関係で繋がっただけの関係にしては親密過ぎる気がした。このえも千疋には信頼を向けている感じだし、千疋もこのえに対する態度はどこか情のようなものがある。


「そうじゃのう。ここまで来たら隠す必要もないかのう。お嬢とワシは言うなれば幼馴染。お主と日ノ部ナクルのような関係じゃと思えばええ」

「幼馴染……なるほど」


 原作でも千疋とこのえの家である壬生島は関係を結んでいたのだろうか。だとするなら壬生島家というのは原作にも深く関わってくる一族だとしてもおかしくはない。


「それで? その子が十鞍の雇い主だとして、聞きたいことがいっぱいあるんだけど?」


 しかし会話ができるのか不安過ぎる。というよりも呼びつけておいてコミュ障でしたなんて呆れるにもほどがある。


(でもこの子が転生者なのは……確かなんだよな?)


 それとも千疋が嘘を吐いていて、他に真の雇い主がいるという可能性もなくはない。どこかでこの様子を見ており、沖長という人間を分析しているということも……。


(いや、それだったらわざわざコミュ障の人間を用意しないか)


 話がスムーズに進まないし、沖長の素性を正確に把握したいなら、それこそ話術が得意な人物を用意するべきだ。


「ほれお嬢、話があるんじゃろ?」

「…………分かったわ」


 ようやく決心してくれたのか、千疋の背後から出てきた。

 そして改めて沖長をジッと見つめると、その小さく薄い唇を開く。


「あなたに………………あなたに頼みたいことが……あるのよ」

「その頼みたいことってのは?」


 チラリと千疋を一瞥してから彼女は答えた。


「それは――――――――〝ダンジョンの秘宝〟を探すこと」




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